【ドジの哲学】ダイエットには、いつもドジがつきまとう
文筆家 大平一枝
ドジのレポート その4
懲りないダイエット
ダイエットのためならなんでもやる。このエネルギーと費用をほかのことに充てていたら、私の人生はもう少し違っていたかもしれない。それほどつぎ込んだ。
最初のそれは一八歳の学生寮だ。後輩とふたりで米の糠を炒って食べるというわけのわからない方法を試した。ミネラルと繊維がたっぷりの糠がいいと、当時ちょっとしたブームだったのだ。さっそく米屋からわけてもらい、深夜、フライパンで炒めてみた。牛乳などに混ぜるといいと聞いていたが、直接食べたらもっと効果が大きいだろうと欲をかいた。
フライパンから漂う薪のような匂い。とうてい食品とは思えないパサパサの茶色い粉をまじまじとふたりで見つめていた。
「さあ、一二の三で食べるよ!」と、私はスプーンですくってみせた。口元で止まる。
何度目かの「せーの」で二人はスプーンを頬張る。
けほっけほっけほっ。
悪い病気のように激しく咳き込み、涙目になり、水をがぶ飲みした。
「もう私、痩せなくていい」
きっぱりと後輩は宣言し、スプーンをテーブルに置いた。匙を投げるってこういうことかと変なところで感心した。
失敗に懲りず、それからも3〜40種のダイエットを試みて今に至る。見事に成果がない。
ところで、一つ学んだ大きなことは、母になってからのダイエットは家族に迷惑をかけるということだ。
マクロビの料理教室に通い、玄米菜食のまねごとをした時期がある。即座に私以外の家族全員が、「肉を食べたい」と反旗を翻した。とくに夫と息子に不評で、
「茶色いご飯はテンションが下がる」
と言われた。男性がみなそうかはわからないが、我が家の男性陣は白いご飯を愛していた。
マクロビはいまでも体に良いと思っているし、実践されている方はどうか気分を害さないでいただきたい。あくまで私以外の我が家三名の感想なのだ。みんなの健康のためだよと強気で言い返していた私だが、一か月も続いた頃、小学一年生の娘が一口食べたら箸を置き、ぽろりと涙を流してこう言った。
「この家ではもう白いご飯は食べられないのですか」
なぜ、ですます調。せつなさが倍増する。
健康のためもあるが、自分が痩せたい一心で取り入れたこの食事を続けると、親子関係に溝を生むような気がしたので、あっさり幕引きに。
それを機に白米に戻った。
玄米にも糠にも罪はない。
あるとしたら、できるだけ体を動かさず楽して痩せたいという私の卑しい心だけ。
ダイエットは個人で完結。人を巻き込まないのが鉄則である。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。大量生産・大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『暮しの手帖別冊 暮らしのヒント集』等。近著に『東京の台所』(平凡社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)などがある。
プライベートでは長男(21歳)と長女(17歳)の、ふたりの子を持つ母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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