第5回 おにぎり VS ラザニア

デザイナー 村田

■◇◇■ 第5回 「おにぎり VS ラザニア」 ■◇◇■

カフェオープンから2日目。

最初にやってきたお客様は昨日と同じ、あのイカつい兄ちゃん。
今日はおにぎりに挑戦しないかなと密かな期待もあっさり裏切られ、迷わずラザニアを注文。
ペロリと完食。
それにつられてか、別のお客様も次々とラザニアをオーダーし、あっという間に
ラザニアはいきなり完売を遂げたのです。

店内はラザニアが完売した途端、客足が激減し、あっという間にすっからかん。

別のメニューがあったってラザニアが無ければ客も逃げる。
2、3人で来ていても、そのうちの1人か2人は「じゃあ、お寿司で良いよ」
となるのですが、もう1人が必ず「ラザニア無いなら他のとこ行こう」って
なっちゃうんです。
「じゃあ、ONIGIRIってやつ試してみようかな」なんてことにはならないんです。

結局2日目もご飯は鍋に入りっぱなし。
出番が来ないまま我が家の食卓へ。。。
あのおにぎりたちの悲しい顔といったら、涙がでてきちゃいます。

3日目も4日目もご飯は日の光を浴びる事無く、遊びにきてくれた友人に振る舞われました。
それはそれなりに喜ばれましたが。。。くぅーっ!

その後もイカつい兄ちゃんは毎日来店し続け、お気に入りのラザニアをさらりと平らげ、
再び午後の仕事へと戻っていくのです。
ランチセットには食後のコーヒーがついていたのですがそんな事を勧める
スキも見せず、さっさといなくなってしまうのです。

しかも早食いもいいとこで、「本当に美味しいと思って食べてるのかね、この人は?」と
疑ったこともありましたが、そのうち工事現場の仲間を引き連れて来るようになったのです。
嬉しいやら悲しいやら。。。
もちろん全員揃ってラザニアを注文。
その日も5〜6時間じっくりコトコト煮込んだソースで作ったラザニアは
あっという間に彼らの胃の中へ消えてなくなってしまいました。

「おまえらラザニア族か!」

突っ込みたいところを必死で押さえ、笑顔で対応。
当時の集客数から見ればラザニアを頼もうが何を頼もうが贅沢を言える立場では決してなく、
来て下さるだけでも本当に貴重で大事なお客様だったのですが、
ラザニアばかりが売れていくのに不満を覚えるのも否めない。。。

「ラザニア名物おにぎりカフェ」なんて嫌!と心の中で叫びつつ、
「Tack sa mycket(タック ソ ミュッケッ)ありがとうございました」と
元気に挨拶。
しかし心の中ではドシンと深ーいため息一つ。
満足気な笑みさえ浮かべて帰って行った彼らの後ろ姿を見ると、私としては
何とも複雑な心境な訳であります。 

どうにかして彼らをラザニアからおにぎりへ移行させようしたかったのですが、
何しろ彼らは体もデカいし、愛想はないし、いかにも喧嘩に強そうな風貌。
さすがの私も恐る恐るの接客しか出来ませんよ。
そんな方が2、3人揃うともうその場の空気は一気に重みを増し、
店内に流れる、太陽をたっぷり浴びたボサノバだって何だか重々しく聞こえちゃう。
そんな彼らに向かって

「今日は気分を変えて、日本のおにぎりはいかがですか?」

なんて言えませんよ。。。悔しくもラザニアを出し続けました。

一度だけ、おにぎりを試食してもらおうと小振りに握って、ラザニアに添えてみた事もありました。
「うちのカフェの名前にもなっている看板メニューです」って。
そしたらなんと、一口かじって残されたんです。
しかも中身の鮭に到達する前に。。。。

あんなにラザニアは一口でガッツリほおばるくせに、おにぎりをかじる一口の小さい事。
突然ひ弱なマッチ売りの少女になったみたいに頼りなく繊細な手つきで。

濃い口で脂っこいものが好きな彼らの舌には、物足りなくインパクトに欠けたのでしょうね。
中には醤油をどぼどぼかけて食べた人もいました。

残念。。。悲しかったですねー、あのときは。
試食のおにぎりを差し出すと、急にみんな怯えるんです。
子犬のようにプルプル震えてきちゃうんです。
おにぎりを色んな角度から眺める人、臭いを嗅いだり海苔をはがしたりする人、
みんな恐る恐る手に取っては怪しいものを触るような手つきでなかなか食べようと
しないんです。

このようにかなり凹みそうな現実を目の当たりにし悩んでいる間も、
憎きラザニアは飛ぶように売れ、ほぼ毎日完売。
そしておにぎりは悔しくもそんなラザニアに完敗。。。

しかし、人間、我慢にも限界があります。プライドもあります。
ある日突然「うちのカフェはラザニアラヴァーの為のカフェではないっ」と思ったのです。
「おにぎりを食わずしておにぎりカフェに来るやつはいらんっ」と。

そして、一気にラザニアへの反撃開始!
ヘルシー志向のオーガニックカフェに転換したのです。

現在スウェーデンではベジタリアンの数が急増しており、肉類を一切食べない
菜食主義が若者の間でブームになっているのです。
そんなブームに便乗しちゃえと、肉類は使用停止。
お魚はおにぎりの具に鮭は欠かせないという事で引き続きメニューに残し
(北欧産サーモンは脂がのっていて本当に美味しいんです。)
他は野菜と豆類を充実させることにしたのです。

ラザニアは即、メニューから撤去。かと思いきや、結局野菜と豆とバルサミコ酢を
使ったヘルシーで一風変わったさっぱりラザニアを考案。
思いつきで作ったこのラザニア、これが我ながらいけるんですよ。
やっぱりおにぎり1本でやっていくだけの勇気は無かった。。。
私って弱い。。。
自分の弱さとひとりぼっちという心細さを実感しつつ、カフェの生き残りを掛けて
妥協してしまいました。

健康を意識し、梅干しや海苔、味噌や鰹節などスウェーデン人の知られざる
日本古来の健康食を沢山使い、日本人の長寿の秘訣はこれだぁ!みたいな事を
来る人来る人にアピールしてました。

しばらくの間はやはり、ひき肉を使ったラザニアが無いからって帰ってしまう
お客様も沢山いましたが、さすが健康志向のスウェーデン人、ほんの少しずつですが
興味をしめしてくれ、徐々におにぎりが売れるようになっていったのです。

いつのまにかあのイカつい兄ちゃんたちはすっかり姿を見せなくなり、
私としては寂しいような、切ないような。。。
折角気に入ってくれたのに勝手にやめちゃったからな。。。
新しいコンセプトはあの兄ちゃんたちにはいささか都会的でモダン過ぎだったのかな。
野菜と豆のラザニアは彼らには合わなかったんだろうな。。。

と、こんな感じで、おにぎりがラザニアを打ち勝つサクセスストーリーとは言えませんが、
ようやくここで私はおにぎりにもっと力を注げるようになり、おにぎりだけに、
ほんの一握りでしたがおにぎりラヴァーも出来ていったのでした。

現実は厳しいですね。。。
来週は私がカフェをやっていて理解できなかったスウェーデン人の食への価値観などについてお話したいと思います。

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