【心にあかりをともす人】前編:見放されたものに光をあてる、土屋夫妻のあかりと暮らし

ライター渡辺尚子

我が家には、ちょっと風変わりなライトスタンドがあります。

背丈ぐらいの高さの鉄棒に、足踏みミシンの踏み板でできたサイドテーブルと、蛇口がついています。蛇口の先には小さな電球。

スイッチを入れると、「あっ、ひらめいた!」というように、ポッとあかりがともるのです。

どんなに疲れた日も、なにも思いつかない日も、夕暮れにこの灯りをつければ、なんだか楽しくなって、自然と口元がゆるんでしまう。ユーモラスで、あったかくて、大好きなスタンドです。

このスタンドを作っている土屋美津子(つちや みつこ)さんご夫妻に、心にあかりがともるようなお話をお伺いしてきました。

 

小さなものが集まった、ふたりのアトリエ

土屋美津子さんは、夫の等一(としかつ)さんと二人三脚で「黒豆」というユニットを組んで、楽しいあかりを作り続けています。

美津子さんはデザインと発想の担当。実際に手を動かすのは等一さん。

アトリエのドアを開けると、美津子さんのギャラリーショップがあります。

鳥の羽や石もある。アンティークのパーツや、古道具もあります。そのなかに、「黒豆」のあかりが混じり合っています。作ったものも拾ったものも、すべてがひとつに溶け合って、夢のような空間になっています。佇んでいると、ここがどこなのか、いつの時代なのかわからなくなる。包まれているような、心地よさ…!

「包まれているのが好きなんです」と美津子さんがにこっとしました。

 

ずっと専業主婦だったけれど。家族のためにはじめたお店

お店を開いたのは、42歳のときだそう。

それまで等一さんは金属加工の仕事をしていましたが、不景気で仕事がこなくなってしまいました。

「仕事をしないで、じっとしているのは、つらいなあ」

と等一さんがつぶやくのを聞いた美津子さんは

「お父さん、私に任せて」

と言って、自宅でセレクトショップを開きました。

最初は器を中心に。やがて、洋服、アンティークも。

もともと専業主婦で、お店をやったことはありませんでしたが、これからも家族一緒に暮らして、食べていくために、自分にできることはなんだろうと考えた末、思い切って始めたのでした。

品物を仕入れるときのルールはひとつだけ。売れるものでなく、自分が好きかどうかで判断すること。

美津子さん:
「好きかどうかは、品物を前にしたときに間髪入れず『ほしい』と思うかどうかでわかりました。もし一呼吸置くようだったら、それは我が家に来るべきものじゃない。そんなふうに、私の好きな品物を置いて、好きな空気を作っていったら、そういう空気の好きな人が集まってきたんです」

 

自分中心ではない。ものに、人に寄り添うお店づくり

品物を並べるときは、それがどこに置かれたいか、どこにあったら美しく見えるかを考えるそうです。

美津子さん:
「自分のイメージに合わせるんじゃなくて、品物がいきたいところを見つけてあげる。そうすると、自然と落ち着く空間になるんですよ」

小さな石ころひとつでも、グラスひとつでも、「どこに行きたい?」と心の中で問いかけながら配していく美津子さん。

そうやってひとつずつまなざしを注がれたものたちですから、ギャラリーにある品物は、どれも、きらり、きらりと光って見えます。

お店には、さまざまなお客さんが集まってきます。個性のはっきりした、独特の人が多いそう。

一生のつきあいになる方もいれば、なかには難しさを抱えた方もいらっしゃいます。そういう人の心にも、美津子さんはそっと寄り添っているようです。

ある時、無言でカウンターにお金を投げてこられたお客さんがいらっしゃいました。他でもトラブルをおこして、行きつけのお店から遠ざけられてしまったかた。

美津子さんは「そんなことしてはいけませんよ。お金は『おあし』と言うでしょう。この子がまた歩いていって、またあなたのところにめぐってくるんですから」と応対したそう。すると、その方はまたお店にやってきました。次も、また次も。だんだんと世間話もするようになりました。

そうやって顔を合わせ、話を聞くうちに、その人が抱えている境遇や悲しみに気づくことができたと、美津子さんは言います。最後にお店に来た時は、最近嬉しかった出来事を美津子さんに打ち明け、お買い物をして、晴れやかな顔をして帰っていったそうです。

美津子さん:
「いろんな人の気持ちをわかってあげなくちゃって、思っているんです。誰でも、どんな言動でも、理由があると思うんですよ。もちろん、他人に当たるのは良いことではありません。けれども、そうしないといられない事情があるのだろうとも、思います。

このお店で買い物しても、しなくてもいいんです。ここに来て、人生の話も夢もいっぱい喋って、いっぱい泣いて、ゆっくりしていけばいい。そうやってすっきりして、いつかいいことがあるわよね、って言ってもらえたら嬉しいんです」

胸の内に秘めていることを理解してくれる相手は、親しい人とはかぎりません。身近な人にはかえって言えないことって、たしかにあります。そういった話に耳を傾ける美津子さん。

寄り添うことで、出会ったひとりひとりに光をあてているのです。

 

忘れられたものに光をあてて、あかりをつくる

お店を開くのと前後して始めたのが、あかりづくりです。

美津子さんが古いパーツを組み合わせたあかりを考えては、「お父さん、これを作って」とパーツを渡すと、金属溶接職人の等一さんが腕を生かして、形にしてくれます。

灯りの材料になるのは、ギャラリーに置かれるアンティークよりももっと質素なものです。

赤ちゃん靴の木型、鉄のアイロン、マドレーヌのカップ、スタンプ台、機械の歯車、まがった針金……。ふつうは見過ごしてしまうような、役目を終えてひっそりと埃をかぶっているようなものばかり。遠い昔の、誰かの暮らしの忘れもの。

実はわたし、美津子さんに一度「これを使ってあかりを作ってもらえませんか」とお願いしたことがあります。それは、友人のお祖父様が使っていた製菓道具でした。

そのとき、美津子さんがとても申し訳なさそうに、「それは、できないんです」と答えてくれました。

美津子さん:
「そういうものには、道具たちの思い出が、いっぱい詰まっているから、私には難しいんです。力にならなくてごめんなさい」

そう。美津子さんがあかりにするのは、誰かに見放されたものばかり。どこで、誰が使っていたのかわからないけれど、ふつうの生活に寄り添って、ある日、手放されたもの。

長い長い年月がたったから、もののほうも元の持ち主のことを忘れてしまっているかも……そんなものがここに集まって再び光を当ててもらっている。

美津子さんが「あなたは、どこにいきたいの?」と、ひとつひとつのパーツに問いかけては、居場所を見つけていきます。

打ち捨てられたように見えたものも、ほかのパーツと組み合わせられ、電球を入れてもらうと、ぱっと輝く魅力を放つ。思わず笑みがこぼれるような、ユニークなライトになる。

だから、黒豆さんのあかりはあったかいんだなあ。

静かに、けれどもきらきらしているんだなあ。

そう言うと、美津子さんはふふふと笑って等一さんのほうを振り返ると、

「お父さんの魔法のかけかたが上手なんですよ」と言いました。

次回は、美津子さんと等一さんのやりとりと、美津子さんの新しい挑戦についてご紹介します。

 

【写真】長田朋子

 

もくじ

 

「黒豆」土屋美津子・等一

埼玉県東松山で「ギャラリー黒豆」を営んでいる美津子さんと、挽物金属加工を得意とする等一さん。夫妻で協力しながら、古道具やオリジナルのパーツを組み合わせて、ユニークな照明器具を制作している。


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