【大人の、友だち】第1回:かつて子どもだったわたしへ。たった1冊の本がくれる力

ライター渡辺尚子

最近、こんなことがありました。

携帯の画面からちょっと離れたい。かといって、文庫本を読む気力もない…。慌ただしい日々が続いて、ちょっと疲れがでていたのだと思います。それで、本棚の隅っこに並べていた絵本を手にとったのでした。子どもの頃に読んだ、懐かしい絵本です。

かたい表紙をめくったとたん、気持ちがぐっとひきこまれていくのがわかりました。絵をすみずみまで眺めて、書かれていることばを、口の中で転がすように読んでみて。そうしたら、ふわっと気持ちがゆるむのを感じました。

もっといろんな絵本を読んでみたいな、と思ったときに、大好きな人の顔が浮かびました。東京中野区にある「公益財団法人 東京子ども図書館」の内田直子さんです。

 

読書と離れる時期があっても、気にしなくていい

内田さんは、絵本が好きで好きで、絵本とつながったまま大人になったような人です。

わたしも、子どものときはいつも本を読んでいました。でも、気がついたらずいぶん長いこと、その世界から離れていました。なんだか、もったいないことをしちゃったな。

そう言ったら、「いいんですよ、本と離れている時期があっても」と、内田さんが言いました。

内田さん:
「私も図書館の先輩に言われたことがあるんです。うちの長男が成長とともにあまり本を読まなくなったという話をしたら、『大丈夫。必要なときがきたら、本に助けてもらおう、という気持ちが蘇るから』って。

『子どもの頃にこの本と出会いたかった』と残念がる人もいるけれど、でもいま出会ったのだし、これから出会える機会を広げていけるから大丈夫、って思うんですよ」

 

同じ本を繰り返し読むのは、素敵なこと?

内田さんは、子どもの頃から絵本が大好き。幼稚園で働いたあと、「東京子ども図書館」につとめるようになって18年目になります。

内田さん:
「わたしは、高校生のときまで、母に本を読んでもらっていたんですよ。その時間が心地よかったんです。人に読んでもらうと、空想の世界に行かれるんですね」

読んでくれるのは、お母様も気に入っている本。好きなものをふたりで分かち合うのは、どんなにか特別な時間だったでしょう。

内田さんは本が大好きでしたが、いろんな本をたくさん読んだわけではないそうです。むしろ、気に入った本をくりかえし読んでいたそう。

内田さんが働いている「東京子ども図書館」にも、同じように、決まった本ばかり読む子たちがきます。親としては、「他の本も読んだらいいのに」と、やきもきしてしまいそう。

でも、内田さんは「それでいいんですよ」と笑います。

内田さん:
「長男も小さい頃、毎週同じ本ばかり借りていました。そのとき、先輩に『それでいいのよ』って言われて、ほっとしたのを覚えています。

たしかに自分のことを思い返しても、お気に入りの一冊ってそうそうないでしょう。この子はもう、そんなお気に入りに出会っている。それって、素敵なことなんだ、って」

 

1冊を味わいつくすことが、子どもの力になる

子どもたちがどうして同じ本を何度読んでも飽きないのか。それは、その本のなかに、豊かな世界がどこまでも広がっているから。

内田さん:
「読んでいるとき、その登場人物になって、いろんな気持ちになるでしょう。その日によって、この子の楽しいところに寄り添ったり、悲しいところに寄り添ったり。

一冊を味わうことが、その子の力になるんですよね。

大人も、自分の気持ちに寄り添ってくれる本が一冊あるといいですよね。大人だからって、絵本を読んじゃいけないなんてことはない。絵本って、みんなのためにある本だから。子どものためだけなんてもったいないですよね」

 

大人になってからの出合いにも、楽しみがある

たとえば、と教えてもらったのが、スウェーデンのおはなし『ペレのあたらしいふく』。

作と絵、エルサ・ベスコフ。訳、小野寺百合子。福音館書店から出ています。

水色の表紙には、窓が描かれていて、物語の世界へといざなってくれます。

内田さん:
「この本には、大人になってから出合いました。

その頃、夏休みの1日目は子どもたちと本屋さんですごすことにしていたんです。1日中ずっと本屋さんにいて、ひとり1冊ずつ選ぶのね。わたしの経験からして、本って、そんなにたくさんはいらないと思っているから。

この絵本はたしか、そのときに見つけたのではなかったかしら。絵が美しいので、すみずみまで見られるんですよ。装丁も素敵でしょう、大人が手にしても楽しい本だと思います」

主人公は、ペレという名前の男の子。

内田さん:
「ペレは、着ている服が小さくなってきたから、新しい服を作りたいんですね。

まずは、羊さんに毛をもらいます。それをおばあさんの家ですいてもらい、次のおばあさんのところで糸にしてもらい、おじさんのところで青く染めてもらって、お母さんに生地にしたててもらったのを仕立て屋さんに仕立ててもらうんだけど、そのたびにペレは、必ずお手伝いをするのです。

布を織ってもらっている間は妹のお世話をしたり、仕立て屋さんのところでは薪を拾ったり」

 

歳を重ねたからこそ味わえる、絵本の喜び

子どもの頃に読んでいたら、別のかたちで夢中になったかも。けれども内田さんは、大人になっていたからこそ、この物語をより親しく感じたのかもしれません。

内田さん:
「わたしは、いまつとめている図書館で経理をしながら、図書館にきた子どもたちと一緒に、毛糸を草木染したり、人形をつくったりしているんです。

そういう手仕事って、まさにこの本でペレが体験しているようなことなんですよね。

この本を図書館で読むときは、羊の毛をもってきて子どもたちに触ってもらったり、『みんなのお洋服って、誰かがつくってるんだよ』って伝えたりするんですよ」

そうやって子どもたちに話しながら、内田さん自身も、これまでつくってきたものや、それにまつわる楽しい出来事を、ひとつひとつ思い出しているのです。

それをきいて、ああ、と思いました。大人になってから本を読むときは、ストーリーと、これまでの自分の体験とを重ねあわせる喜びが加わるんだな。

長く生きれば生きるほど、わたしたちには思い出すことも増えてきます。楽しいこともあれば、悲しいこともあります。本のなかの住人たちは、そういったひとつひとつを思い出しているわたしに、そっと寄り添ってくれる。嬉しいことも悲しいことも、心のなかで静かに光らせてくれる。

本は、大人のわたしたちにも、やさしくしてくれるんだな。そう思いました。

 

【写真】井手勇貴

 

もくじ

 

内田直子(うちだ・なおこ)

東京生まれ。結婚し、幼稚園に勤務しながら3人の子を育てる。2005年より「東京子ども図書館」職員。前理事長・松岡享子さんの秘書や、経理を担当。折々に、子どもたちとの手仕事のイベントにも携わっている。

東京子ども図書館 https://www.tcl.or.jp/

 


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