【ケの日のこと】人見知りの娘が、はじめて「ありがとう」と言えた日。

「家族と一年誌『家族』」編集長 中村暁野


第23話:ありがとう記念日


 

風がすっかり秋の匂いです。移り変わる季節の中でふと、子供の成長を感じて胸がいっぱいになったことがありました。

わが家には、ふたりの子供がいます。1歳半を過ぎた息子は言葉が増え、コミュニケーションが楽しくなってきました。お出かけ前には自分でリュックを背負って靴を持って「くっく!」とせがんできます。出かければみんなにニコニコ笑いかけ、手を振ったりおじぎしたり。出会う人出会う人に可愛がってもらう姿を見ては、要領いいなあなんて思っています。

一方、小学2年生の娘。どちらかといえば要領はよくない、言っちゃなんですが、親から見ても損しちゃうだろうなあという性格です。そんな娘が夏の終わりのある日、「ありがとう」と言えたのです。当たり前のことをと思うかもしれません。でもそれは、彼女の成長を感じた大きな大きな出来事だったのです。

娘は赤ちゃんの頃から極端にシャイで、家族以外の人の前では言葉が出なくなってしまう子でした。数年通った保育園でもお話しができず、出かけた先で誰かに話しかけられても挨拶できず、いつも人形のように固まってしまう。家ではユーモラスで明るくて家族の誰よりもおしゃべりなのに、本当の姿を出せたらいいのに、と親として悩んだ時期もありました。幸い小学校ではそんな彼女の性格を理解してもらい、少しずつですが話ができるようになり、仲良しのお友達もたくさんできました。

それでも、学校の発表会などを見に行くと、硬い表情で1人口パク状態の娘。がっかりしたり叱ったりせず、信じて見守ろうと決めてはいるものの、ほかの子供たちの活き活きした様子を見ると「こんな姿を見たら感動するんだろうなあ」と羨ましいような気持ちがないわけではなかったのです。

さて、そんな娘と先日カフェでお茶をしました。わたしの頼んだコーヒーが先に届き、娘の注文が届くのを一緒に待っていたときのこと。お店の人が「お待たせしてごめんね」とマフィンとフォークを置くと、彼女は「ありがとう」と、答えたのです。それはすごく小さな声で、でもすごく自然に、娘の中からポロリと出た言葉でした。娘はそう言ったことを意識もしていない様子で食べ始めたので、わたしも平静を装って何も言わずコーヒーを飲みました。でも、内心はすごく、感動していたのです。娘の殻みたいなものが少しずつ割れ、世界に向かって手足を伸ばし始めたように見えました。「ありがとう」のたった一言にこんなに感動することは、きっともうないだろうなあと思うのです。

子供が自分の力で一つまた一つと成長していく姿に、わたしがしてあげられることはそう多くないのかもしれません。だから時に苛立って不安になっても、信じていよう。後ろから見守っていよう。改めてそんなことを思った、ケの日の「ありがとう記念日」でした。

 

【写真】中村暁野

中村暁野(なかむら あきの)

家族と一年誌『家族』編集長。Popoyansのnon名義で音楽活動も行う。7歳の長女、1歳の長男を育てる二児の母。現在は『家族』2号の取材を進めている。2017年3月に一家で神奈川県と山梨県の山間の町へ移住した。http://kazoku-magazine.com

 


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