【連載|ひとはパンのみにて】第六回:水着の効用
第六回 水着の効用
海を見ていると、海最高だな、気持ちよさそうだなあ、があふれにあふれて、もうすべてどうでも良くなって、そのままドボンと海に入って泳ぎたくなることがある。
服を着たまま泳ぐのは危ないのでやめた方がいいのだが、何年か前、葉山の一式海岸で、実際にやってしまった。その様子を見ていた友人が言うには、波打ち際に足だけ浸かって海の彼方を見ていた私が、おもむろに前進し出して、波間に飛び込んでいったという。そしてその友人も、後に続いた。
上がった後は、海水で濡れた犬のような顔をして砂浜にしばらくの間座ることになった。
幸い、薄手の服を着ていたので、砂浜で座っているうちに乾いた。海で泳ぐのは最高だった。が、さすがにそう何度も海に服を着たまま入るわけにもいかないだろう。それで、水着を買った。これさえ下に着込んでいれば、いくらでも海に入れる。
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山には登山靴、そして海には水着が必要だ。だけど、長らく水着なんて持っていなかった。体型にコンプレックスがあり、中高生時代は体育のプールの時間は苦痛だった。だけど、小学校の頃は学校のプールに毎日のように通っていた。ひたすらぐるぐる水の中を回ったり、べたっとプールの底に背中をくっつけて、ゆらめく水面を眺めたり。泳ぎまくって育ったのに、どうしてこんなに水辺から遠ざかっていたのだろう。
ビーチボディという言葉がある。ビーチで水着を着た時に映える引き締まった体型という意味だが、実際に海に行くと、老若男女、本当にいろんな人がいる。誰も、人の目なんか気にしていない。マイボディを水着に包み、きらめく波と夢中になってたわむれ、浮き輪で浮かび、浜辺でビーチボールを打って拾って歓声をあげ、疲れたらパラソルの下で寝そべる。体があって、海で泳げることをただ感謝するだけだ。
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自分サイズの大きな水着なんてどこに売っているかわからなかったが、時代は進化した。世は大通販時代。可愛いデザインだっていくらでもある。色々見た結果、お腹や太ももはフリルでうまいこと隠れて、なんなら腕周りも隠れる、アロハ柄の白い水着を買った。別に隠すべきだと思ったわけではないが、自分の中であまり見せたくない部分のことなんか忘れて、海で思いっきり遊ぶのに最高のデザインだった。
海だけでなく、この水着を買った当時住んでいた横浜・妙蓮寺の市民プールにも何度も行った。子どもに混じって大人もそこそこいる。驚いたことに、今の子どもたちは、長袖のラッシュガードを着ている子がほとんど。むしろ怪我防止で推奨されているようだった。昔、スクール水着を着るのがあれだけ嫌だったのは一体何だったのか。日焼けで肌が痛くなるのも防げるし、私も買おうかなと考えながら流れるプールを泳ぐ。秋が近くなると、明確に空の色が深くなるのが、水に浮かんでいるとなぜかよくわかる。
水着は大活躍で、鎌倉に引っ越した去年はよく泳ぎに行った。波間に漂い、塩っ辛くてあたたかい海水に浮かぶ。空と海面しか見えない。午後になると、ピンク、オレンジ、紫に色を変えていく、透明な夏の夕暮れ空。飛行機雲が流れていく。水着のおかげで、またこんな美しい世界に帰ってこられたのだ。
大学生の頃、オーストラリアに留学していた。友人たちは皆ビーチによく出かけていた。家から水着を着て、上には白いコットンやリネンのワンピースを簡単に羽織って。大きなバスタオルのようなビーチクロスを敷いて、その上に寝転ぶ。疲れたら、水着の上からまたワンピースをその場で羽織って帰る。そんなさらっとした海辺の夏を満喫する粋な友人たちの横で、体型を気にして水着を持っていなかった21歳の自分に、今の私から大声で叫びたい。なんでもいいから水着を今すぐ買うんだ! と。
東京外国語大学英語専攻卒業、防衛省勤務、篠山の限界集落での生活、イギリスの大学院留学などを経て、言葉と絵を用いた作品の制作・発表を始める。『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)、『毛布 – あなたをくるんでくれるもの』(玄光社)、『世界に放りこまれた』(ignition gallery)、『らせんの日々 ― 作家、福祉に出会う』(ぼくみん出版会)などの著書がある。
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