【スタッフコラム】「忘れたくない」思いの行き着くところ

お客様係 石井

忘れたくないことを、本当に忘れずにいることって、できるのでしょうか?

先日、好きなアーティストのライブに行ってきました。

目にしたもの、耳にしたもの、すべてを忘れたくなくて、ライブのあと何日も、手帳に延々とそのときの記憶を書き留めていました。自分でもちょっと気持ち悪いくらいに、何ページにもわたって。

それでも、どうしても、すべては記録できません。そもそも目で見たものも、聞いた音も、そのまま文字にはできません。

私の頭の中にしかない。
しかも、その頭の中のものは、時間が経つごとに、徐々にぼやけてきてしまう。

なんだか、とても寂しい。

そんな思いが頭にあったとき、ある本を読んでいて、こんな話に出合いました。

“記憶は、忘却によって新陳代謝する”

 

忘れることで生まれるもの

著者は、忘れることは呼吸や睡眠などと同じく、生きるために必要な体のはたらきだと言います。

そして記憶は、忘却と再生という代謝を繰り返して、大きく変化してしまうのだ、と。

やっぱり、どうしたって、ある記憶を忘れることなくそのまま持ち続けることはできないのです。

でも、話はこう続きます。

「つよい記憶は忘却をくぐり抜けて再生される。ただもとのままが保持されるのではなく、忘却力による創造的変化をともなう。それで、美しさが生まれるのである。」
(『乱読のセレンディピティ』外山滋比古著 p.196-197)

美しさが、生まれる。

忘れることの不安にこわばっていた自分が、ふっとゆるむ感触がありました。

過去の「その瞬間」の姿とは違ってしまっても、自分のなかで光り輝く存在になっていれば、それはそれで美しく、幸せなものなんだ。

 

いまの私をつくった「記憶」たち

言いかえれば、すべての体験や記憶は、美しく生まれ変わる可能性を持っているのかもしれません。

何も特別なことはなくたって、日常のなかにも美しさの種はたくさんある。

そういえば、なぜだかわからないけれど、時折ふっと思い出す光景があります。

笑いころげただけの、他愛ない友人との会話。
子どもが小さい頃の、くちゃくちゃの泣き顔。
会社へ向かう途中に見た、妙にきれいな青空。

いまの私に積み重なった「記憶」たちは、それぞれが、私がつくった「美しさ」。

これからの私をかたちづくる「記憶」となるのは、私がつくる「美しさ」。

そう考えると、身の回りすべてのことが、ほんの少しずつ愛しくなる気がします。

ライブで見た彼らの姿も、きっとこれから私のなかでますます素敵になっていくのでしょう。

忘れたくないと肩肘張るより、自分の目と耳と心を信じてみよう。そう思いました。

 


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