【金曜エッセイ】植物を育てるのは苦手だったけど
文筆家 大平一枝
第六十八話:茶色い指を持つ私のベランダ記
コーポラティブハウスという形式の集合住宅に住んでいる。住人で建設組合を結成し、土地を共同購入。設計士と一緒にそれぞれの住戸がほぼ自由設計で建てるマンションだ。
22年前の建設当初、自由設計に半ば浮かれ、猫の額ほどの小さなベランダにたくさんの夢を詰め込んだ。ランドスケープデザイナーに別注し、モルタルを敷いて大小の石を埋め、河原ふうのあしらいにした。
オリジナルの木製プランターには、実のなるものをとリクエスト。デザイナーは、和風のデザインに合う柚子の木や紅葉を植えてくれた。
柚子にはあらかじめ小さな実がふたつ三つなっている。
翌年、実はならなかった。
情けないことに水やりをよく忘れ、3〜4年後には枯らしてしまった。友達からは「茶色の指を持つ女」と揶揄された。植物を育てるのが上手い人のことを「緑の指を持つ」というその逆だ。
以降も懲りずに、ミニトマトやきゅうりを植えたり、ゴーヤカーテンを作ったりした。トマトは1年目は豊作だったが、2年目は土が痩せ、実が成長しなかった。ゴーヤは採れすぎて料理しきれなくなり、実が黄色く熟しても放置。そのうち爆ぜるにまかせていた。
私のようなずぼらな者にガーデニングは向いていないと早く悟ればいいものを、雑誌やインスタで素敵なベランダガーデンを見るとついまねしたくなり、手を出す。しかし、研究や手入れを怠るのでどれもうまくいかない。
途中何年か、部屋を人に貸し、4年前にコーポラティブハウスに戻ってきた。今度こそとプランターを一度全部空にし、新しい土を入れた。気持ち新たに決めたことは、“誰かのまねはやめて、自分のできる範囲で楽しもう”。
そのためには、必要最低限の簡単な植物にする。植えたからには水やりや肥料、多年草一年草、土の湿度などを調べ、その植物には詳しくなる。ひとつうまくいって自信がついたら、次のひとつを増やしていくことにした。
現在、ミントとしそ各1株とタニク植物のみである。書き出すには恥ずかしいほどの、放っておいても育つたくましい植物ばかりだ。
ミントはワインと炭酸で割り、スプリッツァーにしてほぼ毎日飲むのでどんどん使う。しそも薬味にサラダにあえものに大活躍。どちらも両手で抱えるほど大きく育った。
タニクは、株分けを楽しんでいる。
鉢植えはウンベラータとオリーブ。前者は4年目、後者は1年越したので、先週トネリコを増やした。
私にはこのくらいがちょうどいいのだとやっとわかった。言い訳めいているが、子どもが幼いときはベランダの草木にまで心を配るゆとりを持てなかったといまごろ気づいた。
柚子や紅葉の日本庭園風は、あのときの私の器ではなかったのだ。
20年余の間プランターを見るたび、なにをやってもだめな自分にちょっと凹んだ。
今はたったひと株のミントに喜び、緑に触れる楽しみを堪能している。
種や苗は簡単に買えるが、自分の暮らしのペースと能力の見極めが大事だなとつくづく実感する。
趣味、ペット、習い事……etc。どれも同様かもしれない。
自分にとってのちょうど良さは、皆それぞれ違う。小さな緑に教えられることは大きい。
文筆家 大平一枝
作家、エッセイスト。長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
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