【もっと雑貨のはなしをしよう】泣きたいときにそばにいて。日用品愛好家が選んだティッシュボックスケース

渡辺平日

 

みなさんは日常でドキドキすることはありますか? 僕はそれなりにあります。といっても、その対象はほとんど「もの」に対してですが……。

新しくできた雑貨店に行ったり馴染みのネットショップを覗いたりすると、それだけで胸がいっぱいになるし、ずっと使う家具を選ぶともなると、決める前々日くらいからソワソワしてしまいます。

ところがさいきん、以前よりもドキドキする回数が減ってしまって。仕事で忙しいとか、気軽に外出できないとか、いろいろな事情があるけれど、そういうのを差し引いてもずいぶん減りました。

「歳を取ると、だんだん、音楽にときめかなくなってしまう」

レコードマニアとして知られる小説家がこんなことを言っていました。あるいは僕も歳を取ったのかもしれません。

▲北欧、暮らしの道具店のオリジナルブランド〈KURASHI&Trips PUBLISHING〉。「暮らしのなかのひとさじの非日常。」をコンセプトに、服やバッグ、食器など100種類以上のアイテムを展開している。

でも、まったくないわけではなくて。たとえばこの〈KURASHI&Trips PUBLISHING〉のティッシュボックスケースには、思わずときめいてしまいました。

……どういうところに惹かれたかですか? まずは家に届いた日からさかのぼって語っていきますね。

 


9月22日(火)
なんて素敵なパッケージなんだ


 

「ビールって、プルタブをプシュって開ける瞬間が一番楽しいよね」と友人が言っていた。僕はあまりお酒を飲まないのですぐには分からなかったけど、ビールをものに置き換えたらスッと理解できた。

たしかに。雑貨とかインテリアとかって、袋から取り出す瞬間が一番楽しいかもしれない。

このアイテムに惹かれたのは、素敵なパッケージによるところが大きい。

まるでレコードのジャケットのようなデザイン。もしプレゼントでもらったとしたら、中にティッシュボックスケースが入ってるなんて想像もしないだろう。

もちろんパッケージだけではなく、素材やディテールへのこだわりも購入理由になっているので、そのあたりもおいおい語っていくとする。

「ジャーン」と言いながら本体を取り出す。おお、こういう感じになってるんだ。これを組み立てて使うというわけだね。

僕はDIYが苦手だけど、こういうちょっとした工作はわりに好きである。なんというか、最初から完成したものより、さらに愛着を感じられる気がする。

さっそく作ろう思ったが、自分でも気の毒になるくらいグッタリしていたので翌日に持ち越すことにした。この日は重い機材を背負って2万歩も歩いたから、油断すると体がバラバラになりそうなほどに疲れていたのだ。

せっかくなら万全の状態で向き合いたい。それに、明日の楽しみが増えるというものだ。……そう自分に言い聞かせ、ヨロヨロと寝床へ向かった。

 


9月23日(水)
「紙っていいな」


 

▲工作といっても工程はシンプルなのでご安心を。

朝ごはんを食べ、しばらくぼんやりする。肩を回しながら「これは整体に行かないとなあ……」と思う。それからおもむろに作業に取りかかった。

不器用なのでけっこう身構えたが、組み立ては2分くらいであっさりと終了した。なんだ、ぜんぜん後回しにするほどじゃなかったな(慎重な性格のせいで、こういう取り越し苦労的なやつをよくやってしまう)。

完成したものをじっくりと眺める。うーむ、写真で見るよりずっと素敵じゃないか。特にアール(曲線)がいい。緩やかな弧を描くそれが、全体の印象を柔らかくしている。

さて、このアイテムは「家」をモチーフにしているということだ。家は、北欧、暮らしの道具店のシンボルで、ロゴにもなっているのだが、それをティッシュボックスケースで表現するという発想がおもしろいなと感じた。

ふと気づいたのだが、これぐらいの大きさの紙の道具ってなかなか珍しい気がする。せいぜい収納用のボックスくらいじゃないだろうか? 紙特有の存在感があり、空間の程よいアクセントになってくれそうだ。


10月7日(水)
ほんとうにいろいろなことがあった


 

なんとなく急にやりたくなって、古いゲームをプレイしなおすことにした。それは1989年に発売されたRPGで、僕は折に触れて遊びなおしている。

最後にクリアしたのは、いまから10年くらい前になるだろうか。そのあいだにいろいろなことがあった。

むかし、「『いろいろなことがあった』と簡単にまとめてしまう人は、実は、たいした経験をしていない」と友人が言っていて、そのときはなるほどなと思った。でもいまはそうは思わない。ほんとうにいろいろなことがあったし、それはそうとしか言いようがないのだ。

そんなことを考えながらゲームを進めていると、だんだん、泣きそうになってきた。あわててティッシュボックスケースを手元に置く。よし、これでOKだ。

 


10月20日(火)
なにかこだわりがあるに違いない


 

購入してから1ヶ月が経過した。当初は汚れることを心配していたが、表面にニスを塗っているおかげで水気には強いと知って安心した。たぶんちょっとくらい涙が落ちてしまっても大丈夫だと思う。

正直なところ、最初は「なんで紙にしたのだろう?」と感じていた。というのも、この種のプロダクトは布とか木とかで作られることが多く、紙のケースというのはかなりレアだからだ。ふーむ、なにかこだわりがあるに違いない。

ここからは個人的な予想になるんだけど、家の形を表現するために、立体的な形にしやすい紙にしたのかもと、僕は推察した。木だったら作れるだろうけど、そうすると気軽に買えない価格になる。だからあえて紙を選んだんじゃないだろうか。

この推理、我ながらけっこういい線をいってる気がするけどどうだろう?

 


10月23日(金)
たくさんのこだわりが詰まっているんだ


 

好きになればなるほど相手を知りたいと思うのが人間の性である。時間が経つにつれ、このアイテムについてもっと詳しく知りたくなった。

そこで、この連載の編集担当の津田さんにお願いし、デザイングループの佐藤さんにお話を聞く機会を設けてもらった。

***

はじめに「この家のかたちをつくるために紙にしたのでしょうか?」と質問した。それがいちばん気になるところだったからだ。

僕は「紙ありき」だと考えていたが、「そうではなかったんです」と佐藤さんは教えてくれた。「多くのお客様に手にとっていただけるよう、安定して生産・販売できる素材を模索」した結果であって、最初から紙と決まっていたわけではなかったそうだ。

デザインへのこだわりについても尋ねてみたところ、「せっかくなら自分が使いたくなるものを作りたかったんです」と、まるでちょっとした秘密を打ち明けるように、佐藤さんは僕に語りかけてくれた。

世の中を見渡したとき、欲しくなるようなティッシュボックスケースが少なかった。だから、「ロゴなどを控えめに配置し、キャンバスのような、余白のある印象」に仕上げたのだという(このあたりにロングセラーになった理由が隠されている気がする)。

「家の形」に決まるまでも紆余曲折があったと佐藤さんは教えてくれた。いろいろなプロトタイプを作り、社内で検討を重ねた結果、「やっぱり家がいいね」というふうに自然にまとまっていったらしい。

***

インタビューが終わり、佐藤さんと津田さんに礼を言ったあと、マイクを外してパソコンの電源を落とす。それからなんとなく部屋を見渡したとき、このティッシュボックスケースと目があった気がした。変な表現だけどほんとうにそんな気がしたのだ。

たくさんのこだわりが詰まっているんだ、こんな小さなアイテムに。そう考えると嬉しくなってくるし、もっといろいろな日用品を追求したくなってくる。なんだか気力が湧いてきた。よおし、がんばるぞ。

……ところで、僕が推察した「紙にした理由」は、残念ながら外れていた。「まあそういう場合もあるよね」と開き直れればいいのだけど、正直に言ってかなり恥ずかしい。

恥と言えば、例のレコードマニアの小説家は「歳を取れば取るほど、面の皮が厚くなって、恥ずかしいという感情がなくなる」と言っていたな。どうやら僕はまだまだ若いらしい、喜んでいいのかどうかは分からないけれど。

 

本日登場したアイテム

【イラスト】イチハラ マコ
【写真】渡辺平日

 


渡辺平日

日用品愛好家。海の見える小さな町で生まれ育ちました。毎日が平日のつもりで、日夜せっせと文章を書いています。趣味は町歩きと物件探しと民話収集。そういう話題が耳に入ると、反応して振り返ります。主な寄稿先は『LaLa Begin』『和樂web』『goodroom journal』など。Twitterアカウントは@wtnbhijt

 


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