【月と太陽がくれたカレンダー】第10話:七夕の願いを水面に映して

白井明大

会いたいけれど、なかなか会えない相手を思う気持ちは、いまも昔も変わりないかもしれません。 

遠くにいる人を思いながら、夜空にまたたく星を見上げるとき、どうか元気でいますように、また会えますように、と考える前にもう自然と願ってしまっていることはあるのではないでしょうか。 

願うとは何でしょう。

心に思うこと。短冊に書きつけ、笹につるすこと。美しい七夕の夜空の星に託して。 

何か具体的に願いを叶えようと行動を起こすこととは違って、ただただ叶ってほしい、と心に強く念じるのが願いだとしたら、なぜそのようなことをするのでしょうか。

未来が不確かだから、というのが一つの答えのように思われます。 

願いを叶えるためにできるかぎりのことを尽くしても、実現するとはかぎりません。だからこそ自分にできることはしつつも、それだけでなく、ジンクスや言いならわしや縁起や信仰など、何か人間の力を超えたものに願いをかけるのではないでしょうか。

まだ子が幼かった頃、朝、保育園に連れていくたびに子はいやがったものでした。 

それが真夏に差しかかり、七夕の短冊をつるされた笹が、園の部屋の入り口に飾られるようになったある日、タタタッと子は自分の足で部屋のほうへ駆けていきました。こちらは、元気よく登園していく子の背中を見送るばかり⋯⋯。 

子の成長を目の当たりにした瞬間でした。 

健やかに育ちますように、という私の願いは、七夕の星に願うまもなく叶っていました。 


かつて七夕のならわしに、七つのたらいに水を張って庭にならべ、たらいの水面(あるいは、たらいに沈めた鏡)に星を映して楽しむ、 七箇 ( ななこ ) の池というものがありました。

見上げればそこに星は光っているのに、わざわざたらいを用意して、あえて水面の星を眺めるのです。 

なぜそんな手間のかかることをするのか、ふしぎですが、遠い遠い夜空の星を、あたかも自分の家の庭に招き入れる意味が込められているかのようにも見受けられます。 

遠くの星を近くに呼び寄せようとする遊び心が、七箇の池を形づくっているようにも見えます。 

遠い目標や願いを、実現に近づけようと努めること。 

遠くまたたく星を、身近な水面や鏡に映すこと。 

この二つは、どこかちょっぴり似ているような気がしませんか? 

七箇の池で星を映すのは、七夕を楽しむ趣向であって、かならずしも願いを叶えるためとばかりはいえませんが、星という人間の手には届かない存在を愛でるのも、そんな星という存在に願いをかけるのも、感覚としてどこかでつながっているように思えてなりません。 

私たちが日常的にしていることの中にも、七箇の池とちょっと重なるような所作があります。 

それは、写真を写すことです。 

たとえばスマートフォンで夜空の星を撮ったとき、手元に星の光の記録が残ります。 

画面上の星の写真を見ることと、水面や鏡に浮かぶ星を見ることは、どこか似ている気がします。星を直接眺める代わりに、何かに映った星の像を見るところが。 

写真は、保存したり、あとで他の人に見せたりもできるので、七箇の池とまったく同じわけではありませんが、それでも遠い星を手元に引き寄せるという意味で、古い七夕の慣習に通じるところがあるように思えます。 

きれいなものを見つけたとき。 

おいしいものを食べたとき。 

気持ちのいい瞬間が訪れたとき。 

心を動かされる光景を写真に撮りながら、もしかしたら気づかないうちに、そのとき日々の小さな願いが、願うまもなく叶っているのかもしれません。 

小さな願いが叶うよろこびに包まれながら、心は動き、動いた心がシャッターを切っているのかもしれません。 

日々のなにげない所作が、そっと心にある願いと結びついているのだとしたら、一日一日を過ごすことそのものが、願いに近づき、いつか叶えようとする営みのかけらなのかもしれません。



文/白井明大
詩人。1970年東京生まれ。2008年より、二十四節気七十二候に沿って季節の移ろいを感じる「歌こころカレンダー」を毎年制作。2012年、『日本の七十二候を楽しむ ─旧暦のある暮らし─』が静かな旧暦ブームを呼んで30万部超のベストセラーに。2016年、『生きようと生きるほうへ』で第25回丸山豊記念現代詩賞を受賞。『いまきみがきみであることを』『日本の憲法 最初の話』など、自然や生命や心の自由に関わる著書多数。

 

イラスト/shunshun
素描家。1978年高知生まれ、東京育ち。広島在住。心に響いた光景を、ブルーブラックのペン一本から生まれる線により、一つひとつ精魂を込めて描く。毎年自主制作している『二十四節気暦』カレンダーのファンは多い。著書に『椿ノ恋文画集』『一條線一片海』など。

 

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