
カタ、カタ、カタ、カタ……とミシンが鳴っています。走りすぎず、迷うことなく、一定のリズムを刻んでいます。
これが高橋宏美さんの日常の音。
最近、ここにもうひとつのリズムが加わりました。ギターを爪弾き生まれる、わたしの歌。
靴職人になって23年。このまま進んでいくのかな…

宏美さんは靴職人。uzüraの屋号で、夫の収さんとオーダーメイドの靴を手がけています。お客さんの足の形に合わせて、皮革を包丁で切り出し、滑らかに叩き伸ばし、ミシンで縫って、一足を仕立てる。そんな日常を、20年以上続けてきました。
靴作りは天職。常連のお客様もついて、全国で展示会を開きながらオーダーをとり、靴をこしらえます。
一生の仕事を得て、人生はこのまま進んでいくように見えました。

そんななか、今年50歳になる宏美さんはギターをもって歌い始めました。
靴を作るときは手先を使い、椅子に座って静かに作業する。一方、歌うときはダイナミックに、身体も心も大きく動かします。
宏美さん:
「靴作りは、内臓とか使わないじゃないですか。
歌は、動物的。身体を使って、外へ出すでしょう。
それに、歌は自分からしか出てこないから、自分の輪郭が見えて、安心するんです」
大人になると「好きなこと」より「向いていること」を探すように

子どもの頃は、好きなことがいくつもありました。
絵本を読むのも、歌を歌うのも好き。紙粘土で遊ぶ時間も大好き。周りがどう思うかなんて気にすることもなく、自分の好きなことに熱中していました。
中学、高校と進むと、絵本の翻訳家もいいな、と思ったり、遠い広い世界を見てみたいと思ったり。

大人になると、自分の関心事は、「好きなこと」から「向いていること」に変わっていくものなのかもしれません。
宏美さんも、進路を考える段になって製靴学校へ。「ひろみ、靴が好きやん」と大学の友人に言われて、そうだったなあと思い出したのです。好みの靴を手入れしながら長く履き続けるタイプ。たまたまテレビ番組で見かけた靴職人の仕事も、気持ちを後押ししてくれました。
靴作りの基礎をみっちり学んだあと、靴のメーカーに就職し、やがて独立。
自分が手を動かして生み出すものが、誰かに喜んでもらえる。結婚して夫婦ふたりでオーダー靴にとりくむようになりました。
靴作りに喜びを感じながらも、自分の好きなことが見えなくなって

靴作りは、お客様に喜んでもらえる大事な仕事。いまも、誰かにぴったりの一足を作ることに喜びを感じています。
それでも、仕事に打ち込むうちにだんだんと、自分の輪郭が見えなくなってきました。
仕事は夫と分業。ふたりで本音をぶつけ合いながら作っていきます。
宏美さん:
「たとえばオリジナルの靴のデザインを考えるとき、たくさん話し合うんですね。そんななかで夫に『ひろみさんは、いったいなにが好きなの?』と言われると、自分の輪郭がはっきりしていないことに気づくんです。
好きなものはあるけれど、『誰かが好きって言っていたから好きな気になっているだけかな』とか、『周りに受けがいいからこれを選んでいるんじゃない?』とか」

子どもの頃の「好き」は、誰がなんと言おうと自分が好きだからやっていること。一方、大人になってからの「好き」には、周りが喜んでくれて嬉しい、という気持ちも混じり合ってきます。そのこと自体は、悪いことばかりではないけれど。
私って誰なんだろう? 本当はなにがしたいんだろう。
自分の輪郭が見えてきた、無心で手を動かす時間

宏美さんは、靴作りの端材や拾ったものを組み合わせて、仕事の合間に手を動かすようになりました。誰かに見せるためではなく、ひたすら自分の心のままに。大好きだった祖母の姿に似たものができたり、興味のある馬具の形に重なったり。心が苦しいときはぎゅっとかたまった形に、明るい気持ちのときはふんわりとやわらかな形に。
できあがったものはどれも、まるで自分の分身のように思えました。眺めていると、忘れかけていた自分のルーツや、好きなものが見えてくる。だんだんと自分の輪郭がはっきりしてきて、これがわたしなんだな……と、安心感に包まれるのでした。

楽譜もコードも苦手。ギターは無理だと思っていたけれど

さらに自分の輪郭が見えてきたのが、歌をうたうことでした。でもまさか、人前で歌うなんて。
音楽を聴くことは好きでした。作業中もずっと音楽を流しているし、カラオケも時々行く。けれど、大勢の人前で演奏したり歌ったりすることはなかったそう………いえ、まったくなかったわけではありません。友人とふたりで、ハモニカと歌の路上ライブをしていた時期がありました。でも、それは学生時代だけ。そういえば、ちょっとだけギターを習ったこともあったっけ。楽譜を読むのとfのコードが苦手で、すぐにやめてしまったけれど。

コロナ禍に突入すると、靴作りの日常も変わりました。全国行脚していたオーダー会もなくなり、お客様にも会えなくなって。カラオケも行かれなくなり、家にこもる日々。
宏美さん:
「そんなときに、坂口恭平さんがサイトで「歌なんてみんな作れるよ」と、ギター演奏のレクチャーを公開していたんです。楽譜がいらず、音を聞いて弾く。これはいい!と思って、カバーを適当に弾きながら歌を楽しむようになりました」
夫の収さんは「最初のころ、ひろみさんが歌い始めると、僕と猫は逃げていました」と言います。宏美さんの歌の魅力がわかったわけではないけれど、気持ちはわかるような気がしているそうです。
収さんは、東日本大震災直後に絵を習い始めました。その頃の自分と、いまの宏美さんは、似ている気がするというのです。

収さん:
「オーダー靴は納期があり、完成が決まっているけれど、絵はゴールがない。そこが僕には新鮮でした。それと、絵を始めてから交友関係が広がり、人間関係が変わっていったりして、僕自身にも変化がありました。
いまのひろみさんも、そういうことなのかな。
20年以上靴作りを続けてきて、いろいろ変わる時期なのかもしれないですね。探り期なのかも」

好みの声ではないけれど、歌っていると安心する

あいかわらず、歌について収さんがコメントすることはないけれど、宏美さんは気持ちよく歌っています。
「自分の声が好きなわけではないんですよ。もっと味のある声が好み。
でも、歌っているのが好きなんですね。
自分の身体から心とか声とかが、うわーっと出てきて、自分、ここにいるなあと安心するんです」と、宏美さん。
仕事が一区切りつくと鼻歌まじりにギターを奏で、頭に浮かんだフレーズを書き留める日々です。
後編では、そこから始まった新しい日常について、ご紹介したいと思います。
photo&movie:大沼ショージ
もくじ
第1話(6月1日)
50歳を目前に見つけた、わたしの好きなこと
第2話(6月2日)
自分で自分を満たす。手に入れたのは、安心感
高橋宏美
1976年、北海道生まれ。エスペランサ靴学院卒業後、婦人靴メーカーに勤務。2004年に独立し、夫の収さんとともに手作り靴屋「uzüra(うずら)」をはじめる。2024年からヒロミーツの名前でギターを持って歌い始めた。猫の名前はタビさん。
HP:
http://www.uzura-village.com/
Instagram:
@hiromeets_utau