
とある日、何気なくSNSを見ていたら流れてきたひとつの投稿。過疎化で使われなくなった畑を森に還すべく、木々や草花を育てている人がいることを知りました。
「camino natural Lab」の屋号で、森で育てたお茶を販売している上原寿香さんです。

生まれは私と同じ年。同年代の女性が、山に自然を取り戻そうと、100年後を見据えて、自分に出来ることを探りながら自然と真摯に向き合われている姿に心を揺さぶられました。
上原さんは、毎日森でどんなことを考えながら手を動かしているのでしょうか。ご本人のお話を伺うべく、山梨県北杜市にある森のアトリエを訪ねました。
軽井沢の森で育った幼少期

上原さんが生まれ育ったのは、長野県の軽井沢町。別荘や保養所を管理されるご両親のもと、毎日のように森に入っては山菜や木の実、きのこにフルーツなど、山の恵みを収穫していたそう。
山の先生はご両親。父親が食べられるものを、母親が山野草など植物のことを教えてくれました。山で採った食材は、お母さまが日々の家庭料理として食卓に並べてくれたのだとか。
上原さん:
「たとえば父が川で獲ってきた魚を、山で採れた山椒やクレソンを使って香草焼きにするとか。茶碗蒸しやお味噌汁にもちょっとめずらしいものが入っていたり。一番驚いたのは、味噌汁にギボウシが入っていたこと(笑)。母が生まれ育った秋田県の山間では、山菜としてコバギボウシをよく食べたそうなんです」

上原さん:
「そんなに裕福な家庭ではありませんでしたが、ひもじい思いはしたことがなくて。ほぼ自給自足のような暮らしのなか食べ盛りにもお腹いっぱい山の恵みをいただいて、それで体がつくられた実感があります」
生活もメイクもまかなえる。農園の暮らし

小学1年生のときからスピードスケートをはじめた上原さん。プロになりオリンピックを目指して国内外で試合や遠征を重ねました。引退後は選手時代の息抜きになっていたコーヒーの業界で働きます。ヘッドロースターとしてコロンビアの農園を訪ねた際に、生産者の暮らしに衝撃を受けたそう。
上原さん:
「ロースターはコーヒーの味わいを誰もがわかるフルーツやナッツなどの食材に例えて表現するんです。ただ、一つだけどうやっても味を例えられない豆があって、社長に頼み込んでその農園に行かせてもらいました。
現地で真っ先に目に止まったのが『ルロ』というフルーツ。あらゆるトロピカルフルーツの味がぜんぶ混ざり合ったような食べたことのない味で、農園の防風林として植えられた果樹でした。食べた瞬間に『あ、この味だ』とわかったんです。
同じ土壌で育った農作物が影響しあって、あのコーヒーの味は作られていたんだ、ここの土壌の味だったんだとわかって、すごく腑に落ちました」

上原さん:
「その農園では、コーヒーを栽培しながら家畜も育てていて、家畜たちにも栄養価たっぷりのコーヒーチェリーを食べさせていました。コーヒー豆はチェリーの種なので、果肉は副産物で、それが家畜の餌となり、その糞で堆肥をつくり、また作物を育てる。その循環のなかでコーヒー産業が成り立ち、家族みんなが食べていける。
豊かな自給自足の暮らしが成立していました」

上原さん:
「なかでも印象深かったのが、滞在中に家族の方々が開いてくれたウェルカムパーティでのこと。私はパーティで着るような服もメイク道具も持っていなくて戸惑っていたら、奥さまに『ちょっとおいで』と庭先に連れ出されました。
庭木からトゲトゲの実を一つとって割り、朱色の果汁を唇にすーっと塗ってくれて『メイクもできるんだ』と、感激してしまって。なんて素敵な暮らしなんだろうと思いました」
過疎化エリアに嫁いで、夢への道がひらけた

29歳のときに結婚して、山梨県北杜市の過疎化エリアに移り住んだ上原さん。夫の祖父母は農家で、高齢のため畑を続けられなくなり「畑をやりたいか?」と聞かれたそう。
上原さん:
「ふたつ返事で『やります!』と答えました。まず畑を二反(2000㎡)借りて、以前から学んでいたメディカルハーブやアロマテラピーに使うハーブを何十種類も育てたり。実験的にコーヒーの木を植えてみたり。ただ私がコロンビアで出合った農園と、日本の農業の手法が違いすぎて、農家の方々と一緒に続ける難しさも感じていました。
子どもの成長を機に、少し離れた場所に広大な耕作放棄地を見つけて、そこで『food forest』と名付けた畑をつくってひとりで実験を始めたんです。
直訳すると “食べられる森” という意味ですが、自然の生態系の中で食料を自給していく試み。この場所に息づく虫や動物たちの営みがきちんとあって、その循環のなかで食料を作ることができる仕組みづくりを、実験を重ねながらこの15年つづけてきました」
母の介護で実感した、植物のちから

ようやく本格的な試みをスタートさせた2年後に、実母がくも膜下出血で倒れます。医師からは後遺症として麻痺が残る可能性が高いと告げられるなか、上原さんは植物の知識を生かして母のリハビリに寄り添いました。
上原さん:
「ヨーロッパでは、病院に行く前の一手として、森や自然と触れ合うことで体の回復をはかる習慣があるんです。近くに森がなければ公園や庭でもいいので、植物のある場所で1時間ほど過ごします。草花や木々、雑草などから放たれる『フィトンチッド』と呼ばれる成分を体に取り込むことが、植物療法のはじめの一歩。それでも足りないものをハーブを使った食事や、アロマオイルなどでも補うという考え方です」

母親を自宅に呼び寄せて一緒に森を散歩する日々のなかで、嗅覚を失っていた彼女が唯一、香りを感じることができるアロマオイルが見つかったそう。
上原さん:
「倒れたときに脳にダメージを受けて無嗅覚症になっていて、どんなに濃縮されたアロマの香りもわからなかったのですが、フランキンセンスの香りだけは認識できたんです。それは軽井沢の教会や保育園などの木造建築で防腐剤として使われていたアロマ。母が日常的に触れていた、原点回帰のような香りでした」
それを機に嗅覚を取り戻していったお母さまは、結果的に後遺症は残らず、リハビリを終えて日常生活に戻ることができたといいます。
介護に子育て、仕事を両立したくて

実母だけでなく、義祖母に義父と立て続けに介護することになった上原さん。幼な子をおんぶしながら、介護に子育て、そして森を育てる仕事に向き合い続けてきました。
上原さん:
「介護と日常生活を両立するのは、なかなか大変なことですよね。私の場合は植物に助けてもらってきた感覚です。たとえば子どもが小さいときは、畑仕事をしながらも目だけは離さないようにして自由にさせると、子どもは植物と遊び始めるんです。
相談できる人も近くにいなかったので、植物に話を聞いてもらっていました。言葉が返ってこなくても、花や実をつけて応えてくれているような気がして。植物と対話するように世話をしていると、ひとりで全部背負わなくていいと言われているような気がしたんです。
気がついたら1週間ほど誰とも話していなかった、という時もあって(笑)。そんなときは友だちに電話して話を聞いてもらったり。息子がいまは中学生なので、私のよき理解者になってくれています」

聞いているだけでも目まぐるしい15年を、植物と共に乗り越えてきた上原さんの表情は、清々しく凛々しくもあり、美しい。穏やかで前向きなエネルギーにあふれていました。
後編では、母の介護で実感した「香り」の力や、健やかに暮らすためのアイデアを詳しく伺います。
photo&movie:長田朋子
もくじ
第1話(7月16日)
疲れたときは、心の中に森を作ってみる


上原寿香
長野県・軽井沢町出身。スピードスケート実業団、星野リゾート、丸山珈琲、サントリーウイスキー蒸留所を経て、ガーデンデザイナーのポール・スミザー氏に師事し、2014年「camino natural Lab」を開業。100年後を見据えて、広大な耕作放棄地を再野生化(=Rewilding)し、森の循環を取り戻す試みを続ける。「food forest」と名付けた畑で育てた植物を使った野香茶や植物香水などを販売している。