「そのとき」を見つめて
【「そのとき」を見つめて】前編:老いて、いのちを閉じることについて、訪問看護師の尾山直子さんと考えました

【「そのとき」を見つめて】前編:老いて、いのちを閉じることについて、訪問看護師の尾山直子さんと考えました

毎日の暮らしの中で、ふと顔を出しては心に小さなさざなみを立てるもの。今の自分にとって、「老い」とはそんな存在です。

家族の老いに直面して戸惑ったり、自分自身の変化を実感して少し不安になったり。ありのままを受け入れたいと思いつつ、時々胸がきゅっとして心細くなるのは、いつかは訪れる「そのとき」にも思いが及ぶからかもしれません。

避けて通れないものならば、たまには目を背けずに見つめてみたい。「よい老い方」「よいいのちの閉じ方」というものはあるのかを考えてみたい。そう思って、訪問看護師/写真家の尾山直子さんにお話を聞くことにしました。

尾山さんは東京・世田谷区のクリニックに訪問看護師として勤務しながら、写真作品を通じて老いや死について思考するきっかけを社会に投げかけています。

看護師として多くの看取りの現場にも立ち会ってきた尾山さんは、どのように老いや死を捉えているのか。どんな思いで写真を撮っているのか。穏やかに、誠実に語ってくださった言葉の数々は、これからの道を照らす小さな光になった気がしました。前後編でお届けします。


「人の暮らしが好き」で、訪問看護の道へ

見るとほっとするような笑顔が印象的な尾山さんは、看護師歴20年以上。昔から自然や生き物が好きで、高校時代は農業を学んだそうです。「自然の中に存在する生き物、その一部として人間がいる」との考えのもと、人をケアする看護師という進路を選んだといいます。

尾山さん:
「当時すごく旅に憧れていたのも理由のひとつです。看護師の資格を持っていれば世界中どこでも役立つだろうし、長い旅をするために一時的に仕事をやめたとしても、看護師ならまた見つけやすいかもしれないと思ったんですよね。

実際、旅はいろいろしました。アメリカや東南アジア、インド・ラダックなど。旅先ではその土地の人々の暮らしを見てみたい、自分も暮らしを体験してみたいという気持ちが強かったです。たとえばアメリカで、移民の人たち向けの無料の英会話教室に潜り込んで一緒に授業を受けた、なんていう思い出もあります」

いくつかの病院に勤務したのち、2012年から訪問看護師として働き始めます。背景には、病院で働きながら感じていたことがありました。

尾山さん:
「一人ひとり、さまざまな事情で入院されているので一概には言えませんが、苦しい治療を何のために頑張るのかというと、ひとつは自分の大切にしてきた場所やしたいこと、背負ってきた人生に再び戻っていきたいからなのかなと。だとしたら、退院したその先の生活を支えることができたらいいなと思いました。

もうひとつ、 “人の暮らしが好き” というのがありました。訪問看護は、患者さんの家という暮らしの場に招かれるように入って仕事をします。病院は医療が主役の場であり、効率的に治療ができるようになっているけれど、患者さんの家では主役はその人自身だし、ルールも本人次第。私にとっては、それが面白いなと思ったんです」


まずは、その人の輪郭をつかむことから

▲「訪問看護を利用したい、在宅医療に関心があるという場合は、まずは近くの地域包括支援センターに相談してみるといいかもしれません」と尾山さん。

ところで、訪問看護とは一体どんな仕事なのでしょう? 「全国訪問看護事業協会」のHPによれば、看護師などが住まいの場を訪問し、医師の指示のもとに看護ケアを提供すること。病状の観察、身体の清拭、薬の相談・指導、医師の指示による医療処置など、その内容は多岐にわたります。

尾山さん:
「患者さんがどんな人生を歩んできたのか。何を大事にしていて、今どういう思いでいるのか。そうしたその人の輪郭みたいなものをつかんだうえで、本人の意向に沿って医療や看護といったケアをしていきます。

訪問看護はまち全体が職場みたいなもの。所属先のクリニックを拠点に、自転車で患者さんの家を移動しながら仕事をしています。1日に回るのは大体4軒ほど。暑い日も寒い日も、雨の日も外を回るというなかなか過酷な環境なので、アウトドア用の服を愛用しているんですよ」

尾山さん:
「患者さんとのコミュニケーションも大事な仕事のひとつです。ときには患者さんとご家族との間でもつれてしまった糸をほぐす役割をすることも。お互いに思っていることがうまく伝わらなくて誤解が生じている場合、双方から話を聞いている私が代弁することで『そんなふうに思ってたんだ!』となる場合もあります。

もちろん、全てがそんなふうに解決できるわけではないけれど、少しだけほぐれる、みたいなことは時々ありますね」


一人ひとりの物語を紐解いていく

尾山さん:
「患者さんに出会うのは、その人の晩年の最後の時期ということが多いです。だから、それまでの人生のすごく長い物語があるんです。それを紐解いていくことはケアの仕事としても大事だし、特に私は子どもの頃から本好き、物語好きなので、お話を聞かせてもらうのが楽しみで。あれ、この前と話が変わってるぞっていうこともありますけど(笑)。

たとえば以前、北海道のオホーツク海近くの牧場に生まれ育ったというおばあちゃんがいて、その話をずっと聞いていたんです。それが本当に面白くて。一緒にゴッホの作品の塗り絵をしていた時に、『故郷の景色に似てる』と言って、記憶の中にある色に塗ってくれたこともありました。彼女を看取らせていただいた後、実際にその景色を見たり空気を感じたりしたくなって、オホーツク海まで行ったことがあります」


自分のものさしは脇に置いて、その人だけを見たい

患者さんとの関係性を築きながら心身のケアをし、時にはそれが何年も続く場合も。訪問看護は、その人の人生や暮らしに深く関わることの多い仕事だと尾山さんはいいます。

尾山さん:
「たとえば人前に出る時は絶対にお化粧をすると決めていたり、毎日必ずすると決めているルーティンがあったり。どんなに細かいことでも本人にとっては大事なことがあって、それはどんなに老いたとしても、本人がしたい限りはできるように支えたいなと思っています。

この仕事をするうえで気をつけているのは、相手を自分の価値観だけで見ないこと。どこかで意識していないと、いつの間にか自分のものさしで見てしまうので。たとえばすごく散らかっているなと思っても、その人にとっては大事なものが大事な場所に置かれているかもしれないですよね。

私が持っている “普通” を一回脇に置いて、その人だけを見るっていうことができたらいいなと、いつも思いながら仕事をしています」


みんな、その時の最善を考えて決めている

尾山さんによれば、約70年前までの日本では、8割を超える人が自宅でいのちを閉じていました。現在はその割合が逆転し、病院や施設で最期を迎える人が8割に。背景には核家族化や病院医療の発展といった社会の変化があるのだそうです。

治療を最優先に考える病院と、暮らしの質の向上を考える在宅医療、それぞれの特徴はあるものの、尾山さんはきっぱりと言います。「自宅と病院、どちらの方がいいということはない。どんな形があってもいい」と。

尾山さん:
「最後まで家で過ごしたいという人もいれば、病院にいる方が本人にとっても心地いいし、家族ともいい関係が築けるという人もいます。その選択は本当に人それぞれです。しかも、その人や周りにとっての最善はその時々によって変わるかもしれません。

皆さん、いろいろな事情がある中で折り合いをつけて、老いゆく自分の居場所や最期を迎える場所を選んでいる。中にはすごく悩んで決断した人もいるでしょう。本人や家族が考えて決めたことなら、どういう形であってもそれでいいんだと思うんです。

どんな老い方でも、どんないのちの閉じ方でも私は肯定したいし、肯定されるものだと思っています」

日々の仕事の現場でさまざまな形の老いや死に触れ、たくさんのことを学んでいる、そう尾山さんは話してくれました。後編では、それがどんなことなのか、また看護師の仕事の傍ら写真作品を制作する理由についても聞いていきます。


【写真】馬場わかな


もくじ

第1話(7月6日)
老いて、いのちを閉じることについて、訪問看護師の尾山直子さんと考えました

第2話(7月7日)
老いや死について考えることは、いま生きている時間を深めてくれる

尾山 直子

1984年埼玉県生まれ。看護師/写真家。高校で農業を学んだのち看護師の道に進み、複数の病院勤務を経て現在は「桜新町アーバンクリニック」在宅医療部にて訪問看護師、広報として勤務。訪問看護師の勤務の傍ら、2020年京都造形芸術大学美術科写真コース卒業、2026年同大学大学院修士課程修了。かつて暮らしのなかにあった看取りの文化を現代に再構築するための取り組みや、老いた人との対話や死生観・看取りの意味を模索し、写真を通じた作品制作を行っている。 

HP: https://oyamanaoko.studio.site/ Instagram:@n.oyam

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