わたしの輪郭
【わたしの輪郭をみつける】後編:自分で自分を満たす。手に入れたのは、安心感

【わたしの輪郭をみつける】後編:自分で自分を満たす。手に入れたのは、安心感

高橋宏美さんは手作り靴屋「uzüra(ウズラ)」の靴職人。チャーミングなオリジナルのオーダー靴を作っています。

その宏美さんが、50歳を目前に見つけた「好きなこと」、それはギターを弾いて歌うことでした。思い切って好きなことを始めたら、自分自身の輪郭が見えてきて安心したのだそう。後編は、宏美さんが手に入れた「安心感」についてご紹介します。

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40歳を過ぎても、一向に自分がわからない

おととしの春のことです。友人からこんなお誘いがありました。

「今度、ひろみさんが人前で歌うんだって。でも、いきなり本番だと緊張するから、リハーサルをするみたい。一緒に聞きに行かない?」

高橋宏美さんは手作り靴屋「uzüra(ウズラ)」の靴職人。チャーミングなオリジナルの革靴作りで知られていますが、歌を歌っているなんて聞いたことがありません。きけば1年ぐらい前に始めたばかりだそう。

面白そうだから行ってみようかな、と気軽に出かけていって、びっくりしました。なんて繊細な歌声!

気がついたら涙が頬を伝っていました。

そのとき歌ってくれたのが、「月とさんぽ」でした。


自分をさがしにいこう

 なんていうけど 

いつかは見つかるのかな

一向にみつからないな 

空には満月


ああ、わかるなあ、その心細さ。しみじみ聞いていると、もう1曲。


できるなら 

できるなら 

もうやってるし


ずいぶんと厳しい歌詞だな、と思ったら、「自分に向けた言葉だったから」と、宏美さんが言います。いつも笑顔を絶やさない宏美さんの、内面の強さにハッとしました。


忘年会の席。ちょっとだけ勇気を出して歌ってみたら

コロナ禍にギターを始めた宏美さん。時々カバーを歌っているという話を聞きつけて、音楽をしている友人たちから「歌ってみない?」と誘われるようになったのだそう。

最初は「いやです」と答えていたけれど、2023年の忘年会で気持ちが動いて、その場で歌ってみたのだそうです。

宏美さん:
「声は震えるし、音も外れる。自分の声じゃないみたいでした。

でも、『いいね、いいね。僕、3月にライブするから、そのときに出なよ』と友人が言うので、

『やってみるかなあ…オリジナル曲はないけどね』と答えると、

『それでもいいよ。言いたいことがないからオリジナルができないんじゃない?』って言われて。

(私、言いたいことがないのかしら。そんなことはないはず!!)と、思いました。」

そんなやりとりのあった数日後、夢の中でシンプルなフレーズが浮かんだそうです。「ふるえる声で歌いました」とか、「できるならもうやってる」とか「自分を探しにいこう」とか。

ギターを抱えてなんとなくポロポロやっていると、3曲の歌ができてきた。それが、リハーサルのときに、私たちの前で歌ってくれた曲でした。

リハーサルの日、今回写真を撮影している大沼さんと私をふくめて4人が集まって、宏美さんの歌を聞きました。

最初、宏美さんの声は少し震えていました。でも、ギターをポロポロと鳴らすうち、どんどん声が伸びていきます。窓の外はだんだんと暗くなっていき、灯りがポツポツともりはじめます。隅田川の向こうに歌声が溶けていく。

宏美さんは、わたしたちがこれまで見たことのない表情で、やわらかく歌います。

終わったあと、わたしたちは心から拍手を送りました。

とてもいいね!もっと歌って!

そうわたしたちが言うと、宏美さんはほっとした顔をしました。それから毎日のように新しい曲ができるようになったそうです。

作詞作曲歌うたい、「ヒロミーツ」の誕生です。


大人になってからの緊張は貴重。大事に味わいたい

こうして迎えたライブ本番。小さなライブハウスは満員御礼。

当日のことをたずねると、「ライブはとても楽しかったですね。家で練習するときとは違う、お客さんがいることで浄化されるというか、循環する感じ?」と、宏美さんが笑顔になりました。

緊張しなかった?と聞くと、こんなことを教えてくれました。

宏美さん:
「緊張はするけれど、歌う気持ちよさが勝ちますね。

緊張を楽しんでいるっぽいところがあります。感じたがりなんだと思います。

大人になって、あんな緊張を味わえるってなかなかないじゃないですか。」

たしかに、日常は大抵のことがルーティンで回っていきます。長く同じ仕事、同じ家事をしていればなおのこと。そんななか、心臓が口から飛び出しそうなほどの緊張感は新鮮です。

心臓はドキドキ、声は裏返る、身体が熱くなる。聴いてくれる人の心の動きが伝わってきて、いつもは出ない音程が出て、声が伸びる。楽しい!

こうして歌うことが楽しくなった宏美さん。最近はライブをする友人たちに「歌わない?」と声をかけてもらっては、ギターを抱えて会場へ。

「社交辞令かも」という気持ちがよぎるときでも、思い切って「お願いします!」と言うことにしているそうです。

靴づくりは夫の収さんと二人三脚。ライブのあるときは家をあけるので、収さんに仕事を分担してもらうことになります。

宏美さん:
「夫にはこまめに話して、理解を求めています。ためるのがよくないですからね。『良いって言ったけど、ムカついてますか?』と聞いたり。その反応を受け止めながら『行ってきます』としています」

そんな宏美さんのことをどう思っているのか、収さんに訊ねてみたら「最近はライブをやり過ぎだと思っているけれど、今はそういうときなんだなと思っています」と返ってきました。


50歳を前に見つけた「生きがい」と「安心」

「演奏は、今の生きがい。歌うこともあって、回っていますね。お金じゃなくて、私の循環に組み込まれていて。歌がなかったら、靴もやれなくなるかも」と、宏美さんは言います。

靴作りは20代でめぐりあった天職。これからもずっと続けていくでしょう。だからこそ、歌と演奏が必要。

宏美さん:
「長く靴作りを続けていると、失敗は減りますが、新鮮みはなくなります。そこにこの初々しいギターがやってきたことで、初心を思い出しているのかもしれません。無意識でやっている作業も意識しながらやる、とか。

靴作りも、新しい素材を使い始めてワクワクしています。最近、北海道の鹿や、福島の馬の皮革で靴を作り始めたんです。北海道は私のふるさと。つながりができて嬉しく、ドキドキしています。」

もちろん急には変わらない。少しずつ試しながらの毎日です。迷ったときも、歌えば自分の「好き」がわかる。自分の輪郭を見つけた今は、安心して、誰かに喜んでもらえる仕事に打ち込めるのです。

宏美さん:
「自分にとって、安心って大きいのかもしれません。

不安って、そのときは気が付かないんですよね、肩こりみたいに。肩がこりすぎると、そのことが当たり前になりすぎて、痛いことにも気づかないでしょう。」

自分の輪郭が見えるというのはつまり、なにも飾らずこのまま、ここにいていいんだ、と気がつくということなのかもしれません。不安から解放されて、生きることが喜びにつながっていく。


みんなが自分自身を満たしていく世界になればいい

ミシンのカタ、カタ、カタ、カタ、という音と、歌声に合わせてポロポロとこぼれるギターの音色。いまの宏美さんにはどちらも、呼吸のように、自分を生かしめるリズムとなりました。

そんな宏美さんに刺激されて、「わたしも新しいことを始めよう」と言う友人が増えてきたそう。宏美さんはそれが嬉しいといいます。かく言うわたしも、中学生の一時期だけ習っていたフルートを再開することに。指使いもすっかり忘れていますが、日常に新鮮な風が吹き込みます。今日も楽しいことが待っている、そんな気持ちで新しい一日を始めることができます。

宏美さん:
「なるべく自分で自分を満たす。自分を犠牲にするのでなく、みんな、楽しんだほうがいい。みんなが楽しめば、回っていく。そんな世界がいいですよね。」

靴を作るとき、足型をとります。足の形は十人十色、それこそ人の顔つきと同じぐらい違うのだそう。人の輪郭だってやっぱり、ひとりずつ異なるのでしょう。好きなものを通して、自分の輪郭が見えてくる。安心できる日がきっとくる。

「みんなきっとできるよ」と宏美さんが言います。その言葉を聞くと、宏美さんの歌の一節が思い出されます。あのリハーサルの翌日、「新しい歌が生まれました」と、そっと教えてくれた歌です。

こんな日が 僕にくるなんてさ

こんな すばらしいことが

それは誰にも わからなかったことだったよ


でもどこかで知っていたような

不思議な気持ちなのさ

必要だったのは 勇気

言葉にしたら 勇気


きっと 誰にでもくるさ

本当は見えてるのさ

あと もうちょっと あと もう一歩

心の中に潜ろう



photo&movie:大沼ショージ



もくじ

高橋宏美

1976年、北海道生まれ。エスペランサ靴学院卒業後、婦人靴メーカーに勤務。2004年に独立し、夫の収さんとともに手作り靴屋「uzüra(うずら)」をはじめる。2024年からヒロミーツの名前でギターを持って歌い始めた。猫の名前はタビさん。

HP:http://www.uzura-village.com/
Instagram:@hiromeets_utau

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