
過疎化エリアにある使われなくなった畑を森に還すべく、木々や草花を育てながら、それをブレンドしたお茶を販売している「camino natural Lab」上原寿香さん。
同年代の女性が100年後を見据えて、自分が出来ることを日々探りながら、自然に向き合う姿をSNSで知って心を動かされました。

今回の特集では、介護に仕事に子育ての両立を図りつつも、植物に助けられながら駆け抜けた15年間のことをお聞きしています。後編では、母親の介護で実感した「香り」の力や、どんなときも健やかに暮らすためのアイデアを伺います。
前編をよむ休んでも、あまり休んだ気がしないとき

週に4日ほど森の敷地内にあるラボラトリーの一角で、無農薬で育てた山菜や野菜、ハーブにスパイス、フルーツをたっぷりと使った「季節のしつらい朝食」を提供している上原さん。「food forest」と名付けた畑を案内するガイドウォークや、畑で採れた植物のお茶をいただく「森茶寮」も開いています。
訪れる方の中には取れない疲れを抱えていたり、必要なものがわからなくなっていたり、相談を受けることもあるそう。
上原さん:
「先日都内のイベントでお茶を販売したときも、どれが好きか選べないという方がたくさんいらっしゃいました。日々選択肢が多すぎて、選ぶこと自体に疲れてしまい『私に必要なものを選んでほしい』と。オンオフの切り替えも、しっかり休むことも難しい状況なのかもしれません。
私もアスリート時代に、休むことの難しさや、休みの質の重要性を痛感していました。時間の長さはあまり関係なくて、脳にしっかり休んだと思わせることが大切なんだなと。その切り替えに『香り』はとても効果的です。脳に直結するので。たとえ5分しかない休憩時間でも、好きな香りを嗅いだりお茶を飲んだりするだけで、体は “しっかり休めた” と認識してくれますから」

上原さん:
「ただ毎日のように体は変わるので、好きだと思った香りがその日のコンディションに合っているかは確かめた方がよくて。おすすめは、手元にある香りのアイテムをどれでもいいので3つ並べて、嗅ぎ比べてみて、どの香りがいちばん心地よく沁みてくるか確認すること。体は答えを知っているので、自分の選んだものをどうぞ信じてみてください」

上原さん:
「たとえ好きなものがしっくりこなくなっても、今の自分に必要ないだけ。今は足りているということです。お客さまから、植物を枯らしてしまったという話もよく聞いたりするのですが、その植物がいまその人に必要じゃなかっただけで、他のもので足りているということだと思います」

プランターにもぬか床にも、心にも森は作れる

上原さんがお客さまにおすすめしているのが、暮らしのなかで、自分のための森をつくることだと言います。
上原さん:
「私はたまたまこういう環境にいますが、どんな場所でも森のような存在は作れると思っています。
庭がなくても、プランターひとつあれば森のような循環は作れますし、土がなくても、たとえばぬか床を土に見立てれば自然と触れ合っているような感覚になったり。植物とは無縁の暮らしをしていたとしても、心の中にも森は作れますよ。たとえば美味しいコーヒーやお茶を飲んだり、好きなものを食べたり、ちょっとしたことでも心に染み渡るような喜びは、森で過ごしたときに得られる喜びと、すごく近いなと思うんです」

上原さん:
「最初は森とか土とか形あるものを残して、次の世代に繋いで行かなければと思っていたのですが、今はそういうことでもない気がしていて。大切なのは、暮らしの中で小さな感動や喜びの体験を重ねて、その感覚を繋いでいくことなのかもしれないと思うようになりました」

これ、美味しいね。
このお花、いい香りだね。
あれ、一緒に作ったね。
誰もが日常を通して経験し共有する、小さくても心が揺さぶられるような出来事は、必ず誰かが見ていると上原さん。
上原さん:
「自分が感動するようなことをしているときは、子どもだけでなく、必ず誰かが見ていて、何もしなくても伝わっていくものです。誰も見ていないなんてことはないですから。
私の場合は、植物がこんなにいっぱい見てくれている、それをモチベーションにここまでやってきました。森の成長を確認するために、敷地内にいる動物の観察もしているのですが、それこそ鳶や鷹のような猛禽類はすごく賢いので、私が家の中でカメラを手にした瞬間に見つかってしまいます。それだけ森の生物たちに見られているわけです(笑)」
コンプレックスは、ポテンシャル?

上原さんがコーヒー業界で働いていた時に耳にした、印象的なエピソードも話してくれました。
上原さん:
「世界中の豆の味を評価するオリンピックみたいな大会があるのですが、そこで審査員の方が『コンプレックス』という言葉を多用していたんです。あとで知ったのですが、異なる風味や味わいが重なり合って、立体的で奥深い味わいになっている、他にない多様性があることを指す、とてもポジティブな褒め言葉でした。
中学生の頃にコンプレックスの塊のような自画像を描いたことがあったのですが、今になってコンプレックスは悪いものじゃないと思えるようになりました。いい意味で他の人と同じにならない、どうしたって浮かび上がる、自分だけの複雑な味わいなんだなと。
世界に認められたコーヒー農園では、それを『ポテンシャル』と呼んでいたことも印象に残っています」

上原さん:
「ただ学校や社会生活では、本来持っている自分だけの特性を抑えるようにして、皆と同じようなバランスを求められる苦しさもありますよね。
たとえ状況は変えられなかったとしても、自分の中に森があると健やかに生きられるような気がするんです。森とは具体的には、歌を歌うでも、ダンスを踊るでも、自分の特性や五感を活かした趣味みたいなもの。新しく何かを始めるというより、昔から好きなだったこと、得意だったことを意識的にやるとか、本来の自分を解放できる時間を持つことでしょうか。もともと自分の中にある森に、花を添えるようなイメージです」

森の生き物みたいに、共生できたら

みんなが心の森を大切にしたら、平和な世界になるのではと上原さんは考えているそう。
上原さん:
「自分の原点を大切にしたら、他者と比較することも、競い合うこともなくなる気がするんです。
森には草花や木々があって、虫や鳥や動物がいて、まさに多様性のある生物が共生する世界です。
みんなそれぞれ自分は自分という感じで、エネルギーを分散させながら生きています。私たちもそんな風に生きられたら素敵だなと思うんです」

たくさんの情報に触れる機会が多いなか、他者をまったく気にしない、というのはすぐには難しいかもしれません。それでも、人より好きな気持ちが過剰なことや辞められないことを、堂々とやりつづけて、毎日元気に暮らしていくことならできるかもしれません。
多様な人々が好きなことを大切に、他者を思いやりながら楽しく生きられる世界になりますように。そんなことを願いながら森を後にしました。
photo&movie:長田朋子
もくじ


上原寿香
長野県・軽井沢町出身。スピードスケート実業団、星野リゾート、丸山珈琲、サントリーウイスキー蒸留所を経て、ガーデンデザイナーのポール・スミザー氏に師事し、2014年「camino natural Lab」を開業。100年後を見据えて、広大な耕作放棄地を再野生化(=Rewilding)し、森の循環を取り戻す試みを続ける。「food forest」と名付けた畑で育てた植物を使った野香茶や植物香水などを販売している。
Instagram:@caminonaturallab