【金曜エッセイ】おいしいスープを作るには
文筆家 大平一枝
気づいたら、生協歴25年になっていた。共働きなので新婚時代から頼りきりだった。途中飽きたり、食品のよりくわしい情報を知りたくなったりして、引っ越しのタイミングで何回か組合を替えたが、今頼んでいるところは8年目。満足しているのでたぶんこの先は変えないだろう。
ところで、注文するものはひと昔前とガラリと変わった。食べざかりの子どもがいたからというのは大きいが、自分の料理に対する考え方が変わったことが一番大きいと思う。
以前は肉や野菜に目がいった。いまは、“だし”がでるものをまず探してしまう。ベーコン、きのこ、鶏肉、ねぎ、しょうがや大根などの根菜類。煮込むほどだしがでるものをいくつか常備しないと落ち着かない。
若い頃は、これひとつで何でもおいしくできる万能スパイスだとか、丁寧に作られたちょっといいお酢だとか、素敵な料理家さんが薦めていたみりんだとかを買ってみたりした。変わった料理のおしゃれなシーズニングを輸入食品店で買い揃えたこともある。
しかし、下手でもなんでも毎日作り続けていくうちに、どうもそれらのまばゆいヒーローだけで料理のすべてが解決するわけではないと気づく。
だしパックや中華だしは使うのだけれど、そこにだしの出る食材をひとつ足すと、たいがい味がまとまる。それほど技術がなくても、あるいはたくさん味付けをしなくても、まあまあおいしくできると気づく。
地味な脇役なのだけれど、あるのとないのとでは大違い。スープも、鶏肉やきのこが入っているだけで深い味になる。翌日もどんどんだしがしみていくので、たくさん作り置きするほど旨くなる。
あれこれ難しいことを考えなくても、料理ってのはだしさえしっかりしていれば和洋中なんでもちゃんとした味になるんだな。そう気づくのに25年かかったような気がする。
人間関係も、同じだと最近思うのだ。目立った主役ではないけれど、その人がいると集団がなんとなくまとまる。たとえば4人くらいで食事をしても、その人がいるとみんなが楽しい。地味だけれど、いないと寂しい。そんなだしみたいな人は、グループの旅なんぞにいるととっても助かる。いい塩梅に意見がまとまるからだ。
生協で私がいまハマっているのは「長熟だし仕込みごろごろベーコン」というやたらに長い名前のベーコンで、ちょこっとしか入っていないのに、わりにいいお値段がする。それなのに見た目は地味で、本当に君はいい仕事をしてくれるのか?と疑いたくなるほどふつうの短冊切りのカットベーコンなんである。
ところが春キャベツと新玉ねぎをコンソメで煮込んだものに7〜8本入れると、あとは塩パラパラだけで野菜の甘味が印象的なスープができあがる。熟成された豚肉のコクが具材にからみ、深い味わいだ。冬はかぶとベーコンだけでも滋味深きスープに。大根やれんこんもおいしい。
引き算の料理に欠かせない実力者。
主役でなくていい。私はだしみたいな人になりたいのである。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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