【金曜エッセイ】ファミレスでの意外な出会いが……
文筆家 大平一枝
せっぱつまった仕事で、猛烈に集中しなければならないときに利用するファミレスが近所にある。パソコンを使えるコンセント付きのひとり席には独特の雰囲気があり、みな真剣勝負。ノートを広げた学生やら、エクセルの表とにらめっこするサラリーマンが眉間にしわを寄せている。座ると自動的に緊張感が伝染し、仕事をやらざるを得ない空気にいい具合に巻き込まれる。
この店には最近、料理を運んでくれるかわいらしい猫型のAIロボットがいる。いつもひそかに感心しているのだが、床のかごに置いた荷物や傘を器用に避け、スーッとテーブルの脇に来る。大きくも小さくもないちょうどいい声 ──あえて「音量」と書くまい── で、「料理をお届けました」と言い、受け取ると「ご注文ありがとうにゃ」といって静かに帰っていく。ロボットにありがちな無機質さがなく、なんともほっこりする存在なのだ。
こうやって感じのいいロボットさんたちが、人間に代わって活躍する時代にこれからどんどんなってゆくのだなあと、しばし感慨にふける。
でもな。私は、ある作詞家がテレビで、「ノイズがある場所のほうがよく歌詞が浮かぶ」といっていたのが忘れられない。その彼はとくにシャワーを浴びている時に“降って”きて、「あのザーっていう音がいいのかもしれない」と分析していた。
別のミュージシャンは、浴室でメロディを思いつくことが多いので、脱衣場にスマホを置いておき思いついたらすぐ録音すると何かで語っていた。職種や仕事量は違うが、よくわかるなあと共感した。私もザーッという流水音のなかで、エッセイのテーマや原稿の書き出しを思いつくことがままあるからだ。
自分の場合は皿洗いやキッチンの水仕事をしているときが多い。あの音が気持ちの切り替えや、無のモードにしてくれる感覚がある。
逆に無音の仕事場で、机に座ってさあ書きましょうと思っても何も浮かばない。もうこれは経験上一〇〇パーセント無理で、取材した話をまとめる仕事はできるが、書籍のタイトルやゼロベースから言葉を紡ぐエッセイなどは全然書き出せない。私の脳は砂がつまっているのかともどかしくなるほどだ。
そういう文章の糸口はノイズがある場所ほど浮かぶ。
かといってテレビやラジオはいけない。いちいち言葉に引っかかってしまうからだ。生活の中で手っ取り早く、心地いいノイズが生まれる場所が私にとってはキッチンなのである。
前述の彼らが料理をどのくらいするのかは定かでないが、もしも入浴のように毎日キッチンに立つことがあったら、そこでも歌詞やメロディが浮かぶのではないかと勝手に推測している。
つまり、ノイズは案外大事だという話である。
だから、科学の進化に遠い目になりつつも、いやいやちょっと待てと心のなかで猫ちゃんロボにマウントをとるのだ。どんなにAI〈人工知能〉によるロボットが進化しても、これだけは君に真似できないだろうと。
ノイズの和訳は「雑音」である。皿洗いや入浴のようになんでもない日常の端々に、創造の糸口はあり、いっけん無価値に聴こえるものから生まれるものもある。
なにせ、古池に蛙が飛び込むチャポンという音ひとつから、三〇〇年余も愛され続ける俳句を生み出す芭蕉のような人もいるのだから。
と、集中の聖域でも最近はそんなことをつらつら考えすぎてしまうので、筆が進まないことが多々。あんたのせいだぞとファミレスで猫型ロボをにらんでいる女がいたらそれは私です。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。最新刊は『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)。一男(26歳)一女(22歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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