【金曜エッセイ】娘からの「ママ、ちゃんとお化粧して」

文筆家 大平一枝

 娘と近所の喫茶店に出かける直前、くぎをさされた。
「ママ、ちゃんとお化粧して」
 23歳の彼女は、思春期の頃からよくこう言ってくる。いわく、「一緒に歩く私が恥ずかしいから」「近所でも身だしなみはちゃんとするべきだよ」。
 しばしば女の子のいる母仲間からは、「うちも同じよ」と言われる。

「そんなに変じゃないでしょう」
「寝起きみたいでみっともないよ。女を捨てた人みたい」
 私はこの「女を捨てる」という言葉が引っかかるのだが、とっさに上手く切り替えせない。そしてあとから悶々と考え続ける。

 まず、捨てるものではない。どうしてもそう言いたいなら、“女を忘れているように見えるよ”だろうか。私も、子育てと仕事の両立に四苦八苦していた一時期、“捨てた”つもりはないが、身だしなみを整えたり、ファッションに気を使ったりする余裕がなくて、そういう作業を忘れていたことはある。いやそもそも、これだけ他者の多様化を認め合おうとしている時代に、女を忘れているの“女”の正体も、自分でよくわからなくなっている──。

 ある時、共働きの男性編集者がふと漏らした。
「僕が子どもを保育園に送っていく前に、髪を整えようとすると、妻に“男はそんなことしなくていいから早く連れてって”って言われるんです。それって変じゃないですか? 男だってオシャレでありたいと思うから、鏡も見たいし髪も整えたいのに」
 
 私でもその場にいたら、よく考えず奥さんと同じことをいいそうなので、ハッとした。
 おしゃれや身だしなみに気を使うという一つの行動に対する解釈が、男と女でこうも違うとは皮肉なものである。

 女を捨てる、忘れるということばかりにこだわっていた自分は、視野がずいぶん狭くなっていたなあと彼の話から気付かされた。
 似たことは、ほかにもたくさんありそうだ。もんもんとこだわっている事自体が、森から見ると小さな枝葉の話で全体が見えていないというようなことが。

 最近は、娘に言われたら少し整えるようになった。そうすると自分も気持ちがいいからだ。
 そう、私はネイルを施してもらうのが好きなのだが、女を忘れたくないからではなく、プロがきれいに整えてくれた爪を見るたびちょっと嬉しく気持ちがはずみ、心地良いからだ。
 自分が心地良いというものさしを軸にしたら、男も女も捨てたも忘れたも関係ない。こんなふうに、日常の小さなもやがゆっくり晴れていくのも、けっこう気持ちがいいもの。

 

長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。最新刊は『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)。一男(26歳)一女(22歳)の母。

大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com

photo:安部まゆみ

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