【金曜エッセイ】軽やかなひとの、思考の切り替え方
文筆家 大平一枝
第六十九話:ある占い師の軽やかな思考変換術
手相がよく当たるというネイリストの知り合いがいる。師匠について20年余、現在も学び続けている熱心な人で、占いのほうにも顧客がいる。
ある日雑談がてら私の手相を見た彼女は、「来年は体に気をつけたほうがいいよ。ちょっと不調があるかも」と言った。
ネガティブな予見に、自分の顔が曇るのがわかる。彼女はほほえんだ。
「怖がらなくて大丈夫。これをきっかけに気をつければ、次にみたときに変わっているかもしれないし。手相は変わるものだから」
そういうものかと少し気持ちが楽になった。
以来、胃腸科、婦人科とまめに健診に行っている。病院が苦手な私にとっては珍しいことで、長年ご無沙汰の歯科にまで足を運んだ。
さいわい今のところ不調はない。あと半年、気を抜かぬよう戒めている。
同時に、この半年で身についた新しい習慣に気づいた。
無理はしてないだろうか。きちんと栄養はとれているか。体は休めているか。折りに触れ、自問自答するようになったのだ。とくに、“休みかた”が気になる。
東京に住む一般の人の台所を訪ねる取材で、ここのところ、働きすぎて心身の調子を崩したというケースを見聞きする機会が増えている。連載7年目、年々増加の感がある。
そのなかで、働き方の構造を変えたり環境を考え直したりするより、私たちの多くが上手な休みかたを知らないのではと考えるようになった。
私にも覚えがある。もう新人でもなく、かといってベテランでもない一時期、昼夜を忘れてがむしゃらに働いた。任されることが嬉しく、期待に応えよう自分を高めようと必死だった。その頃小さな冷蔵庫に、いつ買ったかわからないキャベツが正体をなくしていた。自分の生活やコンディションは後回しの日々。いつ心身に支障をきたしてもおかしくなかった。
じつはいまも、仕事に対する気持ちに大差はない。休みができるとこんなにのんびりしていていいのかと、仕事のことを考えてしまうし、何もしない時間に対してどこか罪悪感めいたものがある。何年経っても相変わらず、うまい休みかたを知らないのだ。
占いの話に戻ろう。占いを生業の一つにしている芸人さんが、「いやな人に出会ったら、嫌ったり憎んだり恨むのではなく、“自分がやってはいけないことを教えてくれた人”と思っておくといいですよ」とツイッターに綴っていた。手相の彼女のように、ネガティブからポジティブへの見事な思考変換術だと胸に響いた。
健康のために働き方を変えるのではなく、休み方を覚える。ネガティブな予見はポジティブな行動で予防につなげる。他人への違和感は学びに変える。
発想の転換という視点で得た同質の発見は、私の毎日を少し楽にしてくれそうだ。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
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