FASHION
【おしゃれとこころ】後編：好きな服には、自分から似合いにいけばいいと思うんです（渡辺由夏さん）
ライター 小野民
流されるように過ぎていく日々のなかだからこそ、立ち止まって考えたい、これからのおしゃれのこと。humoresqueのデザイナー渡辺由夏さんのお話し前編では、主にhumoresqueを立ち上げるまでのことや、服作りに込めている想いについて聞きました。
後編は、いつも素敵な着こなしの渡辺さんに、似合うってどういうことだろう？ という話題から、着こなしのヒントやコーディネートを考えるときに大事にしていることについて聞きました。
たくさん、長く着て欲しいから「その人らしい」服をすすめる
私自身、これまで何度か渡辺さんに店頭で接客してもらったことがあります。お世辞は言わない渡辺さんは「こっちがあなたらしい。そっちはちょっと違うかも」とまっすぐ伝えてくれます。洋服屋さんで、そんなコミュニケーションは新鮮。渡辺さんは誰に対しても、優しいけれど率直なのです。
渡辺さん：
「とにかく、着ることをたくさん楽しんでほしいから、そういうやりとりになることもあります。
服に対しては、高揚感も大事なのですが、人それぞれの心象風景や内面性につながって、その人の服になるようなものを作りたいと思います」
カシミヤのニットから始まったブランドには、今やさまざまな素材と色やかたちでバラエティ豊かな洋服が並びます。なかには渡辺さん自身の「着たい」をかたちにしたものも多いそうです。
たとえば、コレクションにたびたび登場するタイトスカートは、 当初はお客さんの目に留まることが少なく、だからこそ試行錯誤が生まれました。
渡辺さん：
「ヒップラインを気にしている方が多いのだと分かり、厚手のしっかりとしたジャージでタイトスカートを作ってみたのです。私も毎日のようにはいて、実際に見せて良さを伝えていくうちに、少しずつ気に入ってくださる方が増えていきました。
等身大でそぎ落とすような良さが、タイトスカートにあるような気がして。ずっと好きなんです」
必要なのは堂々としていること。自分から「似合う」に寄せていく
▲たっぷりと丈の長いパンツにシルクリネンのロングカーディガンを羽織ると、エレガントな雰囲気が自然とまとえます
渡辺さん：
「似合うことのためには、サイズがちょうどいいことがすごく重要な気がしていて。自分が似合うサイズ感に直すことも必要なのかなと思います。
私は裾が長いものが好きで、パンツの丈も床に着くくらいで着ちゃいます。指摘されることもあるんですけど、『引きずってますけど、なにか？』くらいの気持ちで（笑）。
たっぷり取った生地の量感は人が動くたびに美しく揺れ、それだけでもゆったりとした心持ちに見えるようです。立ち振る舞いも自然とそれに合わせるようになる気がします」
渡辺さん：
「似合うって難しいですよね。でも、似合わせにいくこともできて、必要なのは堂々としていること。そんな態度で着ていたら、いいねと言われるようになるし、服と人の親密な関係が築けると呼吸が合ってくるように自然と馴染んでくるようにも思います。
誰に会うか、どこに行くかを考えて着るものを選ぶのも大事。あの絵を見に行くんだったら、こういう色かなとか、 あの人に会うんだったらこれを着ようとか。今日一日の自分を演出するような感覚を持っています」
見えないところが大事なところ。洋服も、人生も。
「結局は似合う似合わないも、気の持ちようが大きいんですよね」と渡辺さん。ハウツーとは遠いけれど、なるほどと納得する心構えが、すとんと胸に落ちてきました。
渡辺さん：
「そのままで、美しいのにっていつも思います。だって、猫なんて、何も着てないもの。自分がかわいいとも思ってないから、邪気がなくってかわいい。
服を選ぶにも、自分に正直に、そして優しく。例えば、裏の始末が当たらなくて気持 ちいい。そういうことが1番大切なのでしょうね」
▲きれいな編み目のカシミヤシルクのニット。長く細くとった袖口のリブは、着る人自身が自分の手の所作を見てきれいと感じられるようにと願いが込められています
渡辺さん：
「表を光らせるためには、裏の仕立てがいいことが大事。それは、洋服についてだけじゃなくて、人となりを含めて、センスといわれるようなことの裏側、すべてにいえることじゃないでしょうか。
洋服にどうやって命を宿すのか。そのプロセスがとても重要です。私が日々のなかで考えて思いを巡らせているものを、純粋にかたちにすること。効率ではないのです。真っ当に、どこまで理想に近づけられるのか。そのためには、どんなことができるのか。毎日の思考の集積が、かたちになるのだと思います。
今では、美しいと感じるものには、必ず理由があるのだと思うようになりました」
▲いつか作りたかったというカシミアのアランセーター。驚くほど軽い仕上がりで、薄い貝ボタンも「大人なアラン」の理由のひとつ
渡辺さん：
「お買いものは、1票を投じること。素晴らしい作り手に拍手するように購入することで、世の中が回っていってほしいと願っています。
自分たちから『いい生地で作っています』とは言わなくても、お客さまには、『humoresqueが上質なのは当然』と思っていてほしい。だからこそ自分自身も、お客さまをがっかりさせない、信頼される物作りを積み重ねていきたいのです」
『なんだかすごくいいの作っちゃった』ってよく言ってます
今、humoresqueのスタッフは渡辺さんを入れて5人。ひとつのブランドと店の両立をこの人数でやっていくのは、なかなか難しいことだそうです。でも、「もっと大きくしたい気持ちはない」と渡辺さんはきっぱり。その代わりに、現状維持を目標に掲げています。
渡辺さん：
「それぞれに役割があって、誰かが怠ったら成り立たないですね。だからみんなにはすごく感謝しています。
みんな、死に物狂いにhumoresqueのことを考えるから、エネルギーが強くなるということがあると思います。そういう気分も変えたくなくて、現状維持がいいなあって。タモリさんも、現状維持が一番難しいって（笑）。
お店では常にポジティブな気持ちでいるようにしています。私はスタッフに、『なんだかすごくいいもの作っちゃった』 『今すごくいいこと考えてるんだ』ってよく言ってます」
渡辺さん：
「本当に思考がかたちになるから、とにかく考え続けることが大事な気がしていて。考えなくなったら、急にいろいろなものが止まっちゃいそうです。
あらゆることを考え続けること。それは大変だけれど、私にとっては楽しいこと。人生って、物事にどう接するかがすべてで、どれだけ好きなことをやって、好きな人たちと 幸せだよねって言ってられるかだと思います。
私の場合は年齢を重ねるにつれて、大事にしたいこととしないことが、明確になってきている感じがあります」
美しさには意味があるから。心を動かして生きていく
渡辺さん：
「すごく感動してるときに、『生きててよかった』って実感する。だから自分も、誰かを感動させたいのかもしれません。
自分の中に染み込んでいることが、正直な表現に繋がるのではないでしょうか。そのためには日々の暮らしの中でどんなものを見て、どのように心が動くのかが私には重要。 いつもそのようなことを頭と心で感じて、想像して、育んでいるのだと思います。
それが、私が生きている時間の中で大切にしていることなのかもしれません」
歳を重ねて、自由に、削ぎ落とされて美しくなる。humoresqueの服が寿(ことほ)ぐ大人の女性の在り方は、渡辺さんの生き方そのものなのだと思いました。
私が彼女にずっと惹かれてきた理由は、決して直接覗いたり触ったりはできない内面にあるのだということも再確認するインタビューになりました。
自分の裏側は果たしてどうかしら。渡辺さんのお話を聞いてから、まずはネガティブな言葉を前向きな言葉に置き換えるように、筋トレするような気持ちで努力中です。
歳を重ねて、似合うようになっていく服がある。そのことが、私がよりよく生きたい気持ちを後押しするのだとあらためて感じています。
【写真】吉田周平
もくじ
渡辺由夏
アパレルブランド〈humoresque〉のデザイナー。着る人と服が親密な関係を結ぶような服を制作している。ブランド名は、幼い頃から長い間、自身の記憶の中に横たわっているドヴォルザークの楽曲より引用。インスタグラムアカウントは@humoresque_humoresque
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