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【ケの日のこと】破れた夢もあるけれど。「3つ口コンロ」で思い出した、7年前の自分
「家族と一年誌『家族』」編集長 中村暁野
第8話:憧れの3つ口コンロ
今から7年前。わたしがまだ20代だった頃、夫と初めて暮らしたのは吉祥寺から徒歩20分のアパートでした。3DKでまあまあ広かったのですが、キッチンにまったく陽が入らず、朝から電気をつけて朝食を作る日々は4年ほど続きました。日差しへの思いが募り切った頃に引っ越しを決め、つぎに暮らしたのは三鷹にある床が傾いた一軒家。その頃には家族の新たな一員として加わっていた娘が土遊びできる小さい庭もついていて、キッチンは北向きとはいえ窓がついていたので光を感じられることが嬉しかったのを憶えています。
しかし、喜びもつかの間。娘の食事と大人の食事を同時に作るには2口コンロじゃ圧倒的に火が足りないのです。お米は南部鉄器のお米専用鍋で炊くのがとっても美味しいから譲れない。汁物の鍋やらフライパンやら大鍋やらを限られたスペースであっちへこっちへ移動させる、せわしない夕飯作りの日々は3年ほど続きました。
そして前回も書いた通り去年の春、娘の進学を機に一家そろって神奈川県の里山へやってきました。ご縁あり暮らせることになった一軒家のキッチンは、広い上に日当たりが最高。古いお家なのですが、ガス台だけは近年新しくしていたらしく、わたしはついに手にいれることができたのです。憧れの3つ口コンロを……。
季節は春。芽吹く緑とうるさいほどの鳥のさえずりの中、さんさんと陽を浴びて3つ口コンロのあるキッチンに立てる喜び。娘の学校はお弁当に加えておやつも持参なのですが、3つ口コンロがあればなんのその。息子の離乳食作りだってなんのその。フンフン鼻歌を歌いながらキッチンに立つ日々がしばらく続いたのです。
でも、そんな新鮮さを忘れ、最近なぜか心が晴れない日が続いていました。夫や娘とはぶつかるし、仕事もうまく進まない。ひとつしんどく感じると全てしんどく感じるもので、朝の早起きもしんどいし、息子の食事の支度もしんどいし(ごめんよ息子)。もうなんにもうまくいかないよ、とお皿を洗っていると、横の3つ口コンロが目に入りました。そのとき、ふと今わたしは7年前に憧れていた場所にいるんだなあ、と思ったのです。憧れなんて大げさかもしれません。でも確かに7年前は、こんなキッチンでの暮らしなんて憧れでしかなかったのです。
7年という時間のなかで、破れてしまった夢もあるし、叶わなかったこともいっぱいある。家族は心底愛しいけれど、時に投げ出したくなる日があるのも正直なところ。だけど、今の当たり前の「ケの日」の中には昔のわたしの憧れだって確かにいっぱい詰まっているんだ。そう思ったら、わたしだって頑張ってきたよなあ、と少しは自分をほめられるような気もしてきます。
そして、未来のわたしの「ケの日」の中には、今憧れ望むものだって、含まれているかもしれない。それはきっと、わたし次第で。3つ口コンロがそんなことを気付かせてくれた、ある日の夕暮れでした。
【写真】馬場わかな(1枚目)、中村暁野(2枚目)
中村暁野(なかむら あきの)
家族と一年誌『家族』編集長。Popoyansのnon名義で音楽活動も行う。7歳の長女、1歳の長男を育てる二児の母。現在は『家族』2号の取材を進めている。2017年3月に一家で神奈川県と山梨県の山間の町へ移住した。http://kazoku-magazine.com
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