【金曜エッセイ】褒めること、褒められること。

文筆家 大平一枝


第三十二話:“褒め”の素敵な連鎖


 

 昨年、ある作家が私の作品を褒めてくださった。
 嬉しい気持ちはずっと続き、がんばりどきの大事な燃料になった。
 
 言わずもがなだが、大人になると、よしよしと子どもが頭を撫でられるような褒め方はされなくなる。とくに母親という立場になると子どもを褒める側で。褒められる機会があまりない。
 そんなこともあって、私自身は、心がけて人を褒めるようにしているところがある。

 先日も、コンビニで外国人の店員さんの日本語があまりに流暢なので「あなたの日本語は素晴らしい! 何年くらい習ったんですか?」と話しかけたら、傍らにいた娘に「恥ずかしいからやめて」と諌められた。曰く、「ママは何でもかんでも褒める。褒めればいいってもんじゃないから。それ、おばさんの習性だから」。

 いや、どんな些細なことも、感激したらできるだけ早く、できるだけ直接、目を見て相手に伝えるのが一番の親切だよ、日本中の人がみんなそうしたら、この国はとんでもなく穏やかで平和になるよと力説を始めた。

 まず、これほどコスパのいい営みもなかなかない。
 コストパフォーマンスとは、費用対効果(性能比率)である。
 私はたった一言もらっただけで、もりもりとやる気が湧いて、よし、次も頑張るぞ、どこで誰が見てくださっているかわからないからこそひと文字ずつ丁寧に紡ぐぞと、自分に誓った。
 
 それから、褒めることにはなんのストレスも伴わない。かんたんなのに、こちらまで良い気分になる。逆に、人を責めたり叱ったりするのは大きなエネルギーが要る。心に負担がかかる。

 穏やかに笑って暮らしたいならば、いいところを探して褒めればいい。嫌なことを数えるのではなく、いいことを数えたほうが楽しい。
 人だけではない。物も自然の森羅万象も同じだ。いいところを見つけて感謝するだけでも、気持ちは上がる。

 このように長々と書いてきたことには、もうひとつきっかけがある。
 先日、居酒屋で編集者と「現代は、慈悲と寛容が足りないですよね」という話になった。
 はて、そもそも慈悲ってなんだろうと私はわからなくなった。漢字は、「慈しみ」と「悲しみ」である。うーん、なんだか難しそうだ……。 

 スマホで検索すると、「存在を肯定すること」とある。
 相手を肯定する。受け入れる。たとえば、良いところを言葉にして褒めたら、相手を認めて受け入れた証になる。──あれ? 慈悲って意外に簡単じゃん。 
 酒が入っているので、思考が短絡的だ。
 でも私は、この短絡は嫌いじゃない。

 少なくとも、人を責めたり、悪口をいうのはそれはそれでけっこう疲れる。言ったから楽になるというより、後味の悪さがいつまでも残る。
 それに比べて慈悲とは、相手の良いところを探して褒めればいい。なんて気楽で、相手に喜んでもらえて、気持ちのいい行為なんだろう。
 ただし、そこに心からの感謝や称える気持ちが本当にないと、相手には伝わらない。むしろ嫌味になることさえある。褒めるなら本気で、が基本だ。

 褒めようと心がけると、自然にいいこと探しの癖がつく。
 損はなにもない。街角では褒めるが、親しい仲間との酒席では、噂話や愚痴をこぼしがちな私は、新しい発見をしたような清々しい気持ちになった。これも、もとをただせば、自著を褒められたのが発端。褒めの連鎖は、いいことしかない。

<読者の皆様へ>
いつも感想をありがとうございます。編集部を通して1通残らず、拝読しています。この場を借りてお礼申し上げます。

 
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文筆家 大平一枝

長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。『天然生活』『dancyu』『幻冬舎PLUS』等に執筆。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)、『男と女の台所』(平凡社)など。朝日新聞デジタル&Wで『東京の台所』連載中。一男(23歳)一女(19歳)の母。

▼本連載の過去記事はこちら

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