【金曜エッセイ】深夜の、枝豆バターガーリック

文筆家 大平一枝


第四十話:深夜、枝豆バターガーリックの威力


 

「今晩あたり一杯いかが?」
「いいね〜」
「じゃあマンションの前に21時で」
「あ、塾から帰ってくる息子にご飯食べさせなきゃだから21時半で!」
「オッケー」
 ご近所のママ友はたいがい当日、仕事の合間にメールで誘い合う。同じ年齢の子を持つ働く母で、仕事も生活の悩みも共感しあえる。その日の疲れ具合、仕事の区切りの付き方、体調を鑑みて、本当に気まぐれに突然誘い合うのだ。

 家も飲む場所も近所なので、どんな夜遅くても、深酒しても帰りが楽だ。じゃあねと別れて数分後には布団に入っていることもよくある。そんな付き合いが気づいたら19年に。無理せず、前もって約束もせず、気分次第、気の向くままがいいのだと思う。

「さて、今日はどこへ行こうか」
 先日も夜中に落ち合って、ふらふらと商店街を歩いた。いつも同じ店だと飽きるのでたまには新しい店に入ろうということになった。
 と、雑居ビルの3階に深夜までハンバーガーが食べられるユニークなバーを見つけた。いつも通る道なのに、気づかなった。

 息子と同世代くらいの若い店主に、「いらっしゃいませ」と明るく出迎えられた。まだ開店して2ヶ月とのこと。なるほどオリジナルのハンバーガーは分厚くておいしそうだ。しかし、今日は互いに食事は済んでいる。
「ビールとおつまみでもいいですか?」とたずねると、彼は笑顔で「もちろん!」。

 それではとメニューブックを見たら、枝豆バターガーリックの文字に目が止まった。どんな味だろう。私達は主婦歴20年余であるが、味をなんとなくしか想像できない。

 はたして小鉢に盛られてきたそれは、見た目は皮付きのまま炒めた枝豆である。食べるとバターとガーリックの風味に赤唐辛子やコンソメらしき味付けがきいていて、なかなかパンチがあり、味わい深くあとをひく。「おいしい!」と思わず二人で声を上げた。
 生ビールを片手に、しみじみ、「人に作ってもらう料理って、なんでこんなにおいしいんだろうね」と笑い合いながら。

 枝豆は店主の考案だという。シンプルな食材なので、一瞬作れそうだと思ったが、すぐにいやいやと打ち消した。家で自分用にたくさん作ったところで、けっしてこんなふうにおいしくはならないだろう。
 シンプルで素朴な料理ほど、雑に作ると粗が目立つ。塩やバターの加減、火の入れ方、ガーリックの分量、枝豆の歯ごたえ、それぞれに、きっと経験に裏打ちされたプロのこだわりがあるはずだ。
 彼の枝豆はもちろんだが、プロアマ問わず、人に食べてもらうことを前提に作る料理と、自分のために作るそれはどんなに頑張っても、仕上がりが決定的に違う。

 素朴な一皿から、私は直感的に悟ったことがある。料理は祈りである、ということだ。おおげさなようだが、本当である。
 おいしく食べてもらいたいという祈りが、料理をおいしくする。
 食材も調味料も沢山の種類を使い、何工程もある料理なら逆に気づかなかったかもしれない。味覚の複雑さや手間が、おいしさを手助けするからだ。

 仕事を終え、急いで家に帰り家族の夕食をこしらえ、片付けを済ませてほっとひと息つく。そんな時間に、19年来の気のおけないご近所さんと、ビールと枝豆をつまむ。その枝豆がとびきりおいしく家庭で真似できない味で、私はえもいわれぬ多幸感に包まれた。日々はいろいろあるけれど、小さな喜びに気づけたら気づいた分だけ心が満たされる。
 今日も一日お疲れ様。2杯めを飲みながら私達は何度も同じことを言い合っては笑った。
 誰かに作ってもらった料理はおいしいね。

 
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文筆家 大平一枝

長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。『天然生活』『dancyu』『幻冬舎PLUS』等に執筆。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)、『男と女の台所』(平凡社)など。朝日新聞デジタル&Wで『東京の台所』連載中。一男(23歳)一女(19歳)の母。

 
▼本連載の過去記事はこちら

 
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