【金曜エッセイ】失敗しない唐揚げのコツを教わって
第六十六話:ある料理家の、絶対失敗しない唐揚げのコツ
もう随分前のこと。料理家のケンタロウさんの取材で聞いた、唐揚げをとびきりおいしくするコツが忘れられない。
料理家に取材をする機会が少なくないが、なぜとりわけ彼の言葉を印象深く覚えているかというと、唐揚げはちょっとしたハレの日に一番良く作る親しみ深いメニューだからだ。
運動会には必ず。試験など子どもにがんばってほしい日のお弁当にもよく作る。家族の誕生日や、子どもの友達が遊びに来た時も、まず唐揚げが頭に浮かぶ。社会人になった息子がパートナーと遊びに来た先日も、リクエストを聞くと「唐揚げ」というので笑ってしまった。
困ったら唐揚げ。
みんなが集まると唐揚げ。
大人も子どもも唐揚げ。
シンプルな材料で、嫌いな人がいない。えいやっと思い切って油をたっぷり使う手間が、ありがたさを底上げしてくれる便利な料理だ。
ケンタロウさん伝授のコツはふたつ。
「いくぶん小さめに切る」
「油に沈ませたら箸でつつかず、じっと待つこと」
小さめに切ると火の通りが早く、弱火でこんがり浮いてきたら初めて裏返す。触るのはその1回だけだ。
じっくり揚げると、表面がカリッとまことに香ばしく仕上がる。
じつはこれ、つつかずに待つ、というのが案外難しい。
「わりとみなさん、気になって裏返したり、箸でつついたりしちゃうんですよね」という彼の言葉通り、たしかに無意識のうちについ、あれこれ触っては揚がり具合を知りたくなるのだ。
「触りたくなるところだけどじっと我慢して、あとは肉と火に任せて。きつね色になるまでじーっとなにもせず見守ってくださいね」と、彼は言った。
以来、掟を守っている。
揚げるとき、「ケンタロウさんがね、」と必ず言うので、子どもや夫からは「それ聞き飽きた」と嫌がられる。
ケンタロウさんはその後お怪我をされて、私はお会いしていない。だがあのときの、ちょっぴり誇らしげで、試食したときのスタッフの感嘆に、ほらねと少年のように心の底から嬉しそうに笑った横顔は鮮明に覚えている。
それから私は失敗知らずになった(いつも油を吸いすぎてじめっとしたり、生焼けだったり失敗が多かったのである)。特別な材料や下ごしらえではなく、こんなに簡単で間違いなくおいしくなるコツを知っているなんて、やっぱりケンタロウさんは天才料理家だと作るたびに思う。
ところで、唐揚げで育った子らが大きくなったいま、気づくことがある。つつかずにじっと待つって、子育てと同じだな。だがしかし、こちらは人間相手。待つだけとはひどく難しく、唐揚げのようにはいかないんである。
文筆家 大平一枝
作家、エッセイスト。長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
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