【金曜エッセイ】小さな喫茶店の、忘れられないフルーツサンド
文筆家 大平一枝
歩いて15分の隣町に昨冬から通い詰めている古い喫茶店がある。私の独断によるカフェと喫茶店の違いは、後者には雑誌やスポーツ新聞が置いてあり、常連の大半が近所に住んだり働いたりしている人で、店主と客の会話が多い、ミルクやガムシロはなんだったら既製品のポーションで(こだわりすぎていない)、モーニングセットがあること。
すべての条件にハマるその店を見つけてからというもの平日はひとりで、週末の朝は家族で通い20回のスタンプ券を何枚更新したかわからない。
ほかの喫茶にないこの店の特徴は、レジ横に並ぶ多彩なフルーツサンドである。いまはやりの、パンの切り口にいちごやマスカットの断面がきれいにレイアウトされたあれだ。栗、マンゴー、メロン、キウイ、みかん。季節に合わせて色とりどりのそれが毎日6〜8種並ぶ。それ以外に惣菜のサンドイッチが2、30種。本店はサンドイッチ屋さんだそうですべて自家製だ。
しかし私は毎回マスクメロンサンドに手が伸びてしまう。今日こそはエビカツにと思ってもやっぱりメロン。
何しろ安い。通常のフルーツサンドの半額ほどだ。
クリームもたっぷり。サンドイッチ用に開発された食パンもふわふわ。
飽きもせず1年近く通って最近気づいた最大の魅力は、安さ・フルーツの豪華さ・ボリューム以上に、全く見えない内側にまで大きくカットしたメロンがゴロゴロ入っていることだ。
見えない努力、手抜きのなさ加減に毎回新鮮に心を打たれる。作り手のプロ意識が旗幟鮮明(きしせんめい)で、ジューシーなよく熟れたマスクメロンをクリームに埋もれたパンの腹からみつけるたび、感動と同時に私もこうあらねばと糧になる。
どんな流行にも不況にも負けず、ただひたすらおいしいフルーツサンドを作り続ける。見えないところにもたっぷりとつめこむ。フルーツは安かろう悪かろうの質ではなく、一級品だ。
だから20年余も地元の人に愛され続けているのだとわかる。どんな仕事も、継続には偉大な理由がある。
中からフルーツを見つけたときの感動をどう表そうと考えたとき、旗幟鮮明というふだんあまり使われない言葉を見つけた。『明鏡国語辞典』によると、旗幟とは戦場で掲げる旗や幟(のぼり)のこと。転じて、立場や主張がはっきりしていることを指す。
その店はどこにも「中身までたっぷり」などと謳っていないが、食べればわかる。コーヒー豆も店で焙煎しているが、壁にもメニューにも自家焙煎の文字はない。しかし飲めばわかる。幟こそないけれど、仕事の成果に主張がつまっている。
私は初めて会う人に仕事を聞かれると、つい過剰な説明や大げさな言い方をしがちだ。しかし、自分がどんな人間で、どんな文章を書くのかは、読んでもらえば伝わる。あのフルーツサンドのように、努力を人に見せず、中身で感じてもらえるような仕事をしたい。説明など最少でいい。
このような本物の食品はほかにもたくさんあろうが、なぜここまで感銘を受けるかというと、フルーツサンドは見た目の華やかなインパクトが、多くの人に受けている商品だからだ。
乱暴に言い換えると、見た目がすごければ(中身がどうであれ)買ってもらえる可能性が高い。にもかかわらず他店で見たことのないボリュームのフルーツを外も中も詰め込んでいる。それを、はやるずっと前から地道に作り続けているところにしびれる。
こんなにフルーツサンドについて考えたり書いたりしたのは初めてだ。毎回もらう感動の源泉を言語化できて少々ほっとしている。ただ、最後にお詫びが。
こんなに書いておいてあれですが、店員さんがひとりの小さな店なので店名のお問い合わせには答えられず恐縮です。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)12月発売予定。一男(26歳)一女(22歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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