【金曜エッセイ】新居の照明から思うこと
文筆家 大平一枝
越して2カ月になる。
旧居のリビングにはダウンライト数個のほかに大きな照明をふたつ備えていた。新居にもダウンライトがあり、自然な流れで大照明ふたつそのままとりつけた。
この家を内見した時、案内してくれた前住人が「夜の雰囲気がなかないかいいんですよ」と語っておられた。
そのときはダウンライトのほかに、光量が控えめな小さな照明器具が下がっていた。今思うと、全体に抑えた灯りで、空間にできる陰影を楽しんでいたのだろう。
私は何の疑いもなしに、傘がひと抱えもあるものをつけた。それ以外にダウンライトのスイッチもパチパチ全部押して、毎日煌々と灯し暮らしている。試しにひとつふたつ消すと「なんか暗いね」と娘や家人が言い出す。
もし、前の家から控えめな光だったら、家族も住まいの灯りとはそういうものだと思っただろう。最初から“たっぷり”だと、それがスタンダードになってしまい引き算が難しい。そもそも私も控えめな光が演出する“いい雰囲気”を知らないので、引き算しようという発想自体が生まれない。
こんなふうに、私の周りには、じつは必要以上に最初からたっぷりありすぎるものが多いののではないか。
二十数年前、初めてデジタルカメラを買い、初めて家族で海外旅行をした。カオハガン島という半自給自足の小さな島に、2週間。
カメラやデジタルに疎い私は、買ったときに付いていた一番容量の小さなメモリーカードしか持っていかなかった。さらにそれを、わけもわからず最高画質で撮っていたものだから、データは初日でいっぱいになってしまった。
島には、駄菓子から日用品まで最低限生活に必要なものを売っている小屋のような小さな露店が1軒しかない。当然メモリーカードも使い捨てカメラもない。
それから毎晩、撮ったものからベストワンを選び、あとは消すという作業を繰り返し、2週間を過ごした。
だから、家族4人初めての海外旅行の思い出は20枚くらいしかない。それを写真屋さんでプリントアウトして、大事にアルバムにしまった。それから幾度も旅をしたが、家族で一番アルバムを開いたのはこれで、おそらく全員、どこでどんなふうに撮ったか鮮明に覚えているはずだ。
「トーコがこのあと鼻に飴玉詰めて大騒ぎになったんだよね」「ここでご飯食べて星がきれいだったよね」。一枚の前後のできごとを本当によくみな記憶している。
少ないから、思い出が輝くこともあるんだなと思う。記録にない部分を、記憶で補う。大きくて野性的な白い犬、足裏を刺すような硬いサンゴ、暑いなか飲むのに妙においしい熱くて甘いミロ、宿まで付いてきて一緒に遊んだ現地の子どもたち。
え、そこ?というような奇妙な断片を子どもだけが覚えていて驚かされることも。思い出の答え合わせもまた楽しい。
旅などを記す際、ときどき編集部から写真データを求められることがある。この旅のそれは、編集部で採用される率がとても高い。『オトナのおしゃべりノオト』*で取材を受け、アルバムから剥がして渡した何気ないカットが表紙になっていたときは、本当に驚いたものだ。下手な写真で申し訳なく思いつつも、毎日消しては上書きして選んだあの時間が、十数年後にこんなに素敵な表紙となりギフトを貰った気分で嬉しかった。
最初からたくさんないからこそ、得られるハッピーもある。ほのかな灯りで陰影を楽しむという遊びを逃していたのはもったいないなあと、ちょっと思っている。
*編集部注 北欧、暮らしの道具店発行のリトルプレス。現在は廃刊だが、vol.32「家族のかたち」で大平さんにご登場いただいた。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)12月発売予定。一男(26歳)一女(22歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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