【連載|ひとはパンのみにて】第二回:花をばさっと飾りたい
みなさんこんにちは。安達茉莉子と申します。自他ともに認めるお買い物好きの私ですが、このたび買い物にまつわるエッセイの連載が始まることになりました。私は買い物とは、「出合うこと」だと思っています。みなさんの日々に、良き出合いがありますように。
第二回 花をばさっと飾りたい
鎌倉の今の家に引っ越してから、よく花を買うようになった。
そろそろ花が欲しいな、と考えると、自分の行動範囲、すなわち自分の鎌倉交易路の図に、花屋がポンポンポンと浮かぶ。どの花屋にどういう花があるか、なんとなく頭に入っている。なんなら花屋だけでなく、スーパーでも生鮮食品の傍らで、みかんやアボカドの隣で売られていたりする。
人によっては、そもそも花は庭に生えているものを切ったり、他所の人からもらったりで、お店では買わないかもしれない。私の場合、庭はあるものの、天然野草園のような状態で、今のところ草しか生えていないので、自分の好みに合う花が店で買える今の暮らしはありがたい。
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花を買い始めたのは、インスタグラムがきっかけだった。外国の素敵なインテリアや、カントリーサイドでの暮らしが好きでよく見ているのだが、ある時、ガラスの筒のような大きな花瓶に、ひと抱えほどもあるピンクのチューリップの束を、ばさっ! と生けている人がいた。これだ! ああ、これをやりたい。だけど、そんな大きな花瓶はうちにない。
すぐに探しにいった。これも、私的な鎌倉交易路の中でアタリをつけて、御成通りにある雑貨屋さんでちょうどいいものを見つけて購入した。
今まで口が細めの花瓶ばかり持っていたのには訳がある。世知辛いもので、花を買う懐の余裕がそんなになかったのだ。花を見るといいなあと思うけれど、1本数百円。ついつい、牛肉ひとパックなど、食べられるものの価格が頭に浮かんでしまう。花より団子どころか、花よりタンパク質みたいに正直なりがちだ。
だけど、花の良いところは、1本だって十分嬉しいこと。美味しいチョコレートを一粒買うときのように、ご褒美だと思って買って帰って、細口の花瓶に生ける。それだけで十分幸せなのだけど、なかなかばさっ! とやるほどは思い切れなかった。
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食べられない花を、なぜ買うのだろう。La vie en fleur(ラ・ヴィ・オン・フルール)── フランス語で、「花のある生活」。それは実際どんなことなのか、やってみないとわからない。
例えば、花を抱えて歩く、帰り道。私はこれが花を飾るのと同じくらい好きだったりする。1本だけでも嬉しいけれど、花を何本も束にすると、自分が光の束を抱えて歩いているような特別な感覚になる。バスに乗り、花が顔の近くにくると、ふわりと香りがする。ただ甘いとかかぐわしいだけではない。青い、水気のある生の香り。みずみずしさそのものが自分の腕の中に収まっている。そうやって、花束を持って歩いている人を見るのも好きだ。
家に帰りつき、荷物を置いて、流しで水切りをして、ついに念願の「ばさっ!」をやる。チューリップの葉や茎がいい感じにクッションになって、ただ生けただけなのに無造作にきまる。ほうう、となった。そこだけ発光するような早咲きのチューリップ。薄暗い冬の午後の部屋に花が来た。濡れたガラスの透明感、水が滴る茎。
翌朝起きて、リビングに入ったときも同じように驚いた。コロン、プリンとしたチューリップの束が部屋の中にある。完璧な造形。オレンジとピンクが混ざった色合い。ハリのある、ツヤツヤしているのにどこかマットな花弁。
花が部屋にある感じを、生き物がそこにあるような感じとたとえようとしたけれど、やっぱり違う。部屋に生きた花がある感じは、それ以外に言いようがない。すぐに萎れて枯れてしまう儚さというよりは、今この瞬間確かにここに咲いていると日々実感するような、くっきりとした存在感がある。
実際、お店の人に聞いたら、チューリップはエアコンに当てず、水をちゃんと換えれば結構長持ちするという。ちょっと寒かったが、言われたとおりにしてみたら、確かにしばらく持った。それから、いろんな花を買った。大きな口の広い花瓶は便利で、枝ものを買ってきてバスンと生けてもいい感じになる。
花のある生活。なくても全然生きられる。だけど部屋に花があると、全然ちがう。ラベンダー畑に憧れているので、そろそろ天然野草園に、人の手を入れようかなと思う。
東京外国語大学英語専攻卒業、防衛省勤務、篠山の限界集落での生活、イギリスの大学院留学などを経て、言葉と絵を用いた作品の制作・発表を始める。『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)、『毛布 – あなたをくるんでくれるもの』(玄光社)、『世界に放りこまれた』(ignition gallery)などの著書がある。
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