【ひとりも好き】後編:「おいしくない」「よくわからない」から始まることも、きっと糧になる
ライター 小野民
ひとりの価値について考えをめぐらせている、fuzkue(フヅクエ)の阿久津隆(あくつ・たかし)さんへのインタビュー。前編では、「ひとりでいることは自分の速さでいること」という話から、ひとり時間の過ごし方についてうかがいました。
後編は、自分の時間に立ち戻る鍵になる読書について。さらには、ひとりを尊重するお店を営みながら、世間にひらいていく気持ちになった阿久津さんの心境の変化について聞きました。
人が生きる速度は、もっとゆっくりでいいんじゃない?
ひとりの時間を過ごすのに本が果たす役割は何でしょうか。今ここから、束の間の一人旅に連れていってくれる小説だけでなく、紙に印刷されて綴じられた「本」という物体のもつ力がなんだかありそうな……。
阿久津さん:
「本って遅いメディアだなあって思うんです。今の世の中は出会い頭のインパクトで引き寄せるものも多いですよね。
でも、ゆっくり味わっていって初めて体感できることもある。最初は『おいしくない』と感じるけれど、だんだんくせになっていく発酵食品みたいな料理や体験っていっぱいあるはずなんですよね。
『おいしくない』とか『わからない』から始まるものに触れて、じっくり付き合うみたいな体験や機会が、どんどん少なくなっちゃっているけど、本当はすごく大切なことなんじゃないかなと思っています。
本を開いて一文字ずつ読んでいくのって、必然的に遅い体験になりますよね。一行読んでもわからないし。だからこそ本は、自分の速度を取り戻せるメディアだな、この遅さぐらいが人間の速度なんじゃないのかなって、最近思ってたんですよね」
「おいしくない」から始まる体験の例えで、気づいたことがありました。
わたしたちは近頃、おいしいものを食べるために間違いないものを検索して正解を求めがち。特に誰かと一緒にいるときには失敗したくない気持ちも、その行為に拍車をかけます。
遠回りしたくない気持ちが染みついている。でも、道すがらたどり着いたあの店や、試行錯誤の味つけの末にできた料理こそが、自分の気持ちを動かすこともあるのだと、心の奥では知っています。
阿久津さん:
「『店で本を買う』というのもすごく遅い行為。たくさんの本を前にさんざん迷って、うろうろして、『えいやっ』と買う。全身で考えるかけがえのない体験だと思います。で、本を買ったらぜひfuzkueに来てほしい (笑)
真面目な話、『これを読むぞ』と思って買った本が、くじかれることのない環境で読まれたらいいなと思っています。fuzkueはそれを提供している。大きい話かもしれませんが、1人でも多くの人がそういう時間を体験していくことが読書の文化の裾野を広げることにもつながる気がしています」
情報に溺れがちな世界にいて、自分の勘でたくさんの本の中から1冊を選び、ゆっくり本のページをめくることは、それだけで自分の、ひいては人間にちょうどいい速度を思い出すヒントになるかもしれません。
しっかり整う2時間半、ちょっと一息30分
ひとりでじっくり本を読める店がほしいとfuzkueを開業した阿久津さん。たくさんの人が店内で過ごす様子を見てきました。お客さんたちは、どのくらいの時間を店内で過ごすのでしょうか。
阿久津さん:
「本当に面白くて、2時間半が平均滞在時間なのは、最初に初台に開店した8年前からずっと変わってないんです。たぶん人がひとりの時間で満足するために必要な時間なんでしょうね。
でも、店のサービスとしては、気軽に利用できる短時間用のプランを用意するようになったんです。以前は長時間過ごすことを前提にしていましたが、長い時間がとれない人にも、30分だってリセットできるんじゃない?とメッセージを発したくなっていったんです」
大きな変化のきっかけは、fuzkue下北沢店がさまざまな人が行き交う商業施設内にできたことでした。
阿久津さん:
「どんな店か知らないで入って来る人も多いから、僕たちスタッフは、最初のうちはお客さんに対して警戒心しかなかったんです。fuzkueは『本の読める店』で、本を読むことしかできないんだけど、何も知らないで来た人は、おしゃべりし出すんじゃないか、仕事し出すんじゃないか、とかね。
でも、根底には僕らはもっとやさしくありたいよねって気持ちがあったんです」
「幸福な事故」という考え方
阿久津さん:
「fuzkueを知らなかった人たちだって、利用してみたらまた来たいって思うかもしれない。図らずも本を読むしかできない環境に身を置いて、『なんかおかしなとこ入っちゃったな』って思いながらも店内の本を読んでみる。そうしたら『たまにはこういう時間もいいものだな』と感じる。 そんな『幸福な事故』を起こしたくなっちゃったんです」
幸福な事故という表現には意表を突かれましたが、思い返してみたら、たしかに「想定外」もネガティブなことばかりではありません。
例えば、予期しない場所で好きな人に会えたこと、コンビニのくじが当たったこと……ささやかなラッキーが、心を潤してくれたことを思い出しました。
阿久津さん:
「幸福な事故の話でいえば、下北沢の店ではテイクアウトもやっているんですが、待ってもらっている間、番号札代わりに文庫本を渡してるんです。
コーヒーを淹れて引き換えに行った時に、『もうちょっと借りてていいですか』って言ってくれる人なんかもいて、僕としてはしてやったり。まさか、自分が飲み物を注文した1分後に本を読んでるなんて、全く想像してなかったでしょう」
にやりと笑う阿久津さんは、いたずら好きの少年のよう。そういえば、わたしも子どもの頃はよくしていた、ささやかなサプライズ、長らくしていないなぁと気づきました。
今日はお客さんじゃなくても。
阿久津さん:
「fuzkueは読書好きのための店だと思われているし、僕自身も読書が好きな人が来る場所だと思ってきました。
でも、今は明確に違うと思っていて、『読書が好きな人が来る場所』じゃなくて、『今本を読む時間を過ごしたい人』が来る場所なんです。
世界には、今本を読みたい人と、いつか読みたいかもしれない人の2種類しかいない。そう考えてみると、みんながお客さんになり得るし、みんなにやさしくできるんじゃない? と。
知らずに入ってきて今日はやめておきますって帰っていった人も、いつか本を読みたくなったら来てくれるかもしれないんだな、いざひとりになりたい時に行ける場所の選択肢でありたいな、なんてことを思うようになったんです」
なんてやさしい考え方なんでしょう。それは本を読むことだけでなく、ひとりでいることにも当てはまる気がします。
いつも社会の中でもがいている一人ひとりが、自分の時間を刻むことも必要。社会と自分の時間を行きつ戻りつしながら、わたしも、周りのみんなも生きているのかもしれません。
「ひとり」と「やさしさ」に相関関係がありそうなおぼろげな予感は、今は確信に。たまには自分の速度に整えることができてこそ、周りとの違いも自覚できるはず。そうやってはじめて、自分とは違う、だけど時に交差する周囲の人たちへの敬意が芽生えるはず。
わたしも誰かに、予想外の幸福をプレゼントしてみたい。ひとりをテーマに出発したおしゃべりの終着点で、自分の中にあるやさしさの種との出会いが待っていました。
【写真】鈴木静華
もくじ
阿久津 隆
1985年栃木県生まれ。埼玉県大宮市で育つ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、生命保険会社に入社。2011年に退職し、配属先の岡山県でカフェの経営を始める。2014年、フヅクエを東京・初台でオープン。著書に『読書の日記』『読書の日記 本づくり スープとパン 重力の虹』(ともにNUMABOOKS)、『本の読める場所を求めて』(朝日出版社)。
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