【旅する日々】後編:食料とフィルム、テントだけを背負って。ニュージーランドの大自然の中をひたすら歩く

編集スタッフ 須賀

暮らし方が一人一人違うように、旅の仕方にはその人らしさが滲み出る。そう思ったら、あの人はどんなふうに過ごしているんだろう?と気になって、誰かの旅を覗いてみたくなりました。

後編でお話を伺うのは、写真家の 根本 絵梨子 ( ねもと えりこ ) さん。山や自然が好きで、仕事も含めると一年の1/4は山の中にいる年もあるという根本さん。国内外の様々な山に登ったり、トレイル(自然の中にある「歩くための道」のこと)を歩いたりしています。 

今年6月に、2023年末から70日間かけてニュージーランドのロングトレイル「テアラロア」を歩いた旅の写真展が行われ、そのDMに根本さんが書いたこんな文章が添えられていました。

1週間の食料とたくさんのフィルムを詰め込んだ約20kgのバックパックを背負い、ただただ歩けるだけ歩く毎日。傷だらけで日焼けで真っ黒な脚。数え切れないほどの川を渡り、乾くことのない靴。膝まで埋まる泥の中を歩いた2日間。スマホより大事な山小屋のノートや枝や石。愛おしい記憶は美しい景だけではなかった。

私が持っているものは自分の体と、バックパックと仲間だけになった。着替えさえ要らなくなり手放した。水の音、風の匂い、雲の動き。大切なものは目に見えるもの、手に届くもの。それだけで十分。歩いて生きて写真を撮る、それだけになった私はとても幸せだった。

この文章にとても惹かれて、今回テアラロアのお話を伺いました。



1日10時間、約20km。ひたすら歩く旅

テアラロアは、ニュージーランドを南北に縦断する全長約3000kmのロングトレイル。全て歩くには4〜5ヶ月ほどかかるそうで、根本さんが歩いたのはその約半分にあたる1400km。湖や氷河もある山岳地帯も多い南島でした。

まずは1日をどんなふうに過ごしていたのか聞いてみました。

「朝は7時ごろには歩き始めたいので、1時間前に起きてストレッチ、朝食、出発の準備を済ませます。そこから夕方までは約10時間、休憩をとりながらひたすら歩きます。

ルート上には『ハット』と呼ばれる、休憩や宿泊ができる山小屋が沢山あって、基本的にはそこを目指して進んでいました。ハットや景色のいい場所があれば座ってお菓子を食べたり、お昼をとったりしつつ、私の場合平均して1日15〜35kmほど歩いていました。

毎日17時頃には疲れて歩くのをやめ、寝る準備をします。夜は基本ハットに宿泊していましたが、『もう一つくらい先のハットまで行けるかな?』などと考えながら歩いていました。途中で疲れたり、景色の良い場所があったりしたときはキャンプをしていました。そのため常にテントを背負って、どこでも泊まれるようにしていましたね



ペースが合えば自然と仲間になっていく

▲左からトレイルファミリーのオレンジマン、フレイヤ、根本さん

「トレイルでは、歩くスピードが違うとストレスになってしまうので、ペースが合う人と自然と仲間になることが多いです。そうやって一緒に歩くことになった人のことを『トレイルファミリー』と呼びます。

私はこのとき、たまたま入国日が一緒だった日本人の友人と、アメリカ出身のフレイヤ、ニュージーランド出身のオレンジマンとトレイルファミリーになりました。後半は、日本の友人は歩くのが早く先に進んだため、多くの道を他の2人と歩きました。

早く前に進まなければ、ゴールしなければと先を急ぐ人も多いなか、この2人は沢山のロングトレイルを歩いてきていて歩くのは早いのですが、焦っていないというか、楽しみ上手で。『ここは景色がいいから休憩しよう』と休んだあと、10分くらいでまた『ここも良いところだから休憩しよう』と提案してきたり(笑)

私は写真を撮るので立ち止まる回数が多く、ペースが合わずに大体皆んな先に行ってしまうんです。でもフレイヤはライターで、自分の旅のことを書いていたので『エリコが写真を撮っている間に私はメモを書けるから、気にしないで撮りな』と言ってくれて、ペースも合い、一緒に歩くことができていましたね。

他にも色々な人に出会いました。毎日花を1つ摘んで自分のバックパックにさしている人、ギターを持ってきているカップル。80代くらいの人にも会いました。ギターを持ったカップルが夜小屋に着くと歌っていた歌がとても良くて、歩きながらずっと聴いていました」



グラノーラ、トルティーヤ、ラーメン、ポテチ。
約10kgの食料を背負って

「食料は3〜7日に一度、山から降りたときにスーパーで調達します。山に入ったら何も買えないので、必要なカロリーを計算しながら食材を選ぶんです。

1週間分の食料となると、体が大きい人の場合10kg近い重さになります。とにかく軽くてカロリーが摂れれば良いという考え方で毎食ラーメンの人もいましたが、私は食べる事が歩くモチベーションだったので、色々試して、美味しくて自分の体に合った食事がだんだん決まっていきました。

朝食はフルーツやナッツが沢山入ったグラノーラ。タンパク質を摂ることを意識して、スキムミルク(脱脂粉乳)を買って、寒い日はホットミルクにして一緒に食べていました。物足りない時はホットミルクを多めに作って蜂蜜を入れて飲んだり、ヌテラをスプーンですくってそのまま食べたり。ヌテラは週にひと瓶はなくなっていましたね。

昼食は大体ラップサンドです。トルティーヤに乾燥マッシュポテトをのせて、直接水をかけて戻します。最後の方は少し余裕が出てきたので、サラミと、ペストソース(バジルとカシューナッツのペースト)やフムスも巻いて2つくらい食べていました。足りなければヌテラを塗ってもう一枚」

「夜は最終的にラーメンが多かったです。日本の山ではあまり食べないのですが、韓国の辛いラーメンがすごく美味しくて。2袋食べていました。一日中歩いてかなりカロリーを消費するので、普段の2倍くらいの量を食べるんです。

それからおやつ。私が買うのはポテトチップス、グミ、チョコレートでした。最後の方はポテチはこれ、グミはこれ、とお気に入りが決まってきて、考えずにポンポンカートに入れられるように。美味しいものを食べると元気が出るので、少し値段が張っても味が好きなものを選んでいました」



山小屋にある一冊のノート

「山小屋には必ず、インテンションブックと呼ばれるノートが置いてあります。ハイカーたちはハットがあると立ち寄って、到着した日付、天気、氏名、国、人数、滞在日数、どこからスタートしてどこに向かうのか、コメント、などを書き込むんです。

山の中はケータイも使えないので、そのノートで誰がいつ来たかをチェックするのが楽しみで。よく会う顔見知りや、ペースが違って離れてしまった人など、知っている人の名前を探して『今この人はこの辺りを歩いているんだな』『街に降りたときに会えないかな』と思いを馳せながら見ていました。

先に着いた人の名前は毎日ノートで見るので皆んな知っているんです。『滞在日数0』と書いてあると、このハットは通過した(立ち寄ったけど宿泊していない)という意味。私は大体1日に2つのハットを通過して、3つ目に泊まることが多かったのですが、この人はここも通過してる!などと文字や進むペースからどんな人か想像していました。

街に降りたタイミングで、初めて会ったハイカーに名前を聞いて『あ、ノートで見ていたあの人!』となることもありました。当然先に歩いている方は私の名前を知らないのですが、こちらとしては、ずっとインスタグラムで見てました!みたいな感覚です」



太ももまで泥に浸かって歩いた日

テアラロアを歩いた2ヶ月間で一番感動したことを聞いてみました。

「一番を決めるのは難しいですね……毎日感動していたし、毎日それが更新されていくから最後まで歩けたのだと思います。

印象に残っていることでいうと、旅の終盤、太ももくらいまである深い泥の中を登っていかなければならない山がありました。

その頃には私たちと別れ、家に帰っていたトレイルファミリーのオレンジマンがその近くに住んでいて。彼は普段、そのエリアで泥まみれでヘトヘトになっているハイカーたちを元気づけるため、週に1.2回30kgものジュースやビールを担いで行って、山小屋のクーラーボックスに飲み物を入れていました。トレイル上でハイカーに飲みものや食べものを厚意で提供してくれる幸運な出来事のことを『トレイルマジック』というのですが、彼はそれをやっていて。

すごくキツいエリアなので避けて進むハイカーも多い中、私は日本では絶対にできない経験だし、何よりオレンジマンが頑張ってることを写真に残したくて、絶対に行こうと決めていました。

ところがそこを歩いたのが朝から大雨ですごく寒い日で。大変すぎて、皆んないっぱいいっぱい。一緒にきた人も引き返したいと言ったり、ずっと優しかった皆んながピリピリしたり、もう少しで旅も終わるのに、最悪の雰囲気でした。

やっとの思いでその山を登りきると、山頂にはなんと、バーベキューの準備をしているオレンジマンがいました。彼はサプライズで50kgもあるBBQセットとお肉を泥の中担いできて、極寒の中、私たちの到着を3時間も待ってくれていたんです。

結局私たちの到着が遅すぎて山頂では食べられず、一緒に山小屋まで持って帰ってBBQしたのですが、それで皆んなハッピーになって、最高の日になったんです。こんなに人を元気づけられるなんてすごいなって。オレンジマンへの感謝と尊敬が増して、忘れられない1日になりました」



歩いて、食べて、写真を撮る。
そんなシンプルな生活が幸せだった

1日10時間もの間、歩いているときはどんなことを考えているのでしょうか。

「最初の頃は、今日はどのハットに泊まるか、果たしてそこまで歩けるのかなど考えて、歩くことに必死でした。でも1ヶ月ほど経った頃、今日どこまで歩くかなど考えていない自分に気づきました。歩けるところまで歩けばいいから考える必要もなかったのです。それと、その頃には筋肉も体力も付き、余裕も出てきていたのだと思います。

毎日限界まで体を動かしていると自分の体の中のこともすごく分かるようになります。もう少し寝ないとまだ体力が回復していないなとか、今胃の中で食べ物をどれくらい消化したなとか、右足が痛い原因は多分このあたりの筋肉だろうなとか、体の声に敏感になるんです。

『私、この人生で本当にニュージーランドを歩いているんだ』と1ヶ月歩いてやっと実感が湧き、ただただ朝起きたら歩いて、生きて、写真を撮っていて。頭の中も生き方もシンプルで、なんて幸せな状態なんだろうかと。こんなに歩いて飽きないかなと自分でも思っていたのですが、日に日にニュージーランドのことを好きになっていきましたね。

やっていることはドロドロになって歩いているだけ。でもおばあちゃんになった時に、この時間はすごくキラキラ輝いて見えるのだろうなと思います」

***

根本さんのお話は何もかも初めて知ることばかり。冒険の話を聞かせてもらっているようで終始ワクワクするとともに、そういう旅の形もあったのかと、「旅」というものの知らない一面が自分の前に現れたような感覚でした。

この夏旅の予定がある方もない方も、すこしの間、遠くの場所に流れる時間へと想いを馳せていただけていたら嬉しいです。


写真:根本絵梨子



もくじ

根本絵梨子

群馬県出身。大学時代は富山県で建築を学び、在学中に渡豪。就職とともに上京し写真の道へ進む。スタジオ勤務、アシスタントを経て2016年よりフリーランスのフォトグラファーとして独立。ライフワークとして山を歩き、自然の写真を撮り続けている。

Instagram: @neeemooo


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