【力を抜きたい日の食卓へ】第六回:焼き魚の身がちょっと崩れたって、いいじゃない。

麻生 要一郎

子供の頃、魚屋へ行くのが好きだった。

実家から近い、那珂湊市場には、魚屋さんがずらりとあって、たくさんの魚が並んでいた。僕は「赤次」という名前の、キンキの一種で、赤い色をした魚の干物が好きだった。よく考えてみると、キンキの干物とはなかなか贅沢である。たまにその頃の事を思い出して、食べたくなるのだが、赤次の干物というのを最近見かけない。他にも、味噌汁に入れると柔らかい身が美味しいマルガニ(ヒラツメガニ)と呼ばれる小さな蟹や、秋刀魚の味醂干しが好きだった。子供にしては、なかなか通な魚の選びである。

母が言うには、小さい頃から、僕は魚を食べるのが上手だったそうで、骨を自分で取り除いて、皮もきれいに食べ尽くしていたとか。干物で言えば、真ん中の骨だけが皿にポツンと残ると言った具合。そして同じ魚を食べている母が食べきれなかった部分まで、取り返して食べていたそうである。それでも、喉に魚の小骨が刺さったという事は、一度もなくて、魚に関しては本当に手がかからなかったと言っていた。

最近は、魚を焼いたり、魚を煮たりする機会が減っていると耳にする。我が家では、焼き魚であれば、干物ならそのまま焼くだけで簡単に仕上がるし、生の魚でひと塩、煮魚も鍋一つで簡単に出来る日々の食卓における常連メンバー。是非、食卓に魚を並べて欲しいなあと思う。

そんな事を偉そうに言ってみたものの、このところちょっと疲れが出たのか、食に関する仕事をしているというのに、ごはんを作るのがどうも億劫で仕方がない日々が続いた。我が家は、朝食と夕食の2食、気ままな大人二人分だけで、たまに客人が混ざる程度のこと。これが、子供のお弁当、三世代で暮らしているとかになると、億劫なんて言っている場合ではなく、日々3度の食事の支度は、本当に大変な事だと頭が下がる。

しばらくすると、また作る気力が戻るだろうから、こういう時には外食を楽しんで、便利なお惣菜を活用しながら、毎日の食卓を無理なくやりくりするのが肝要だと思っている。

ある時、買い出しに行く気力もなく、今夜は何を作ろうかとぼんやり冷蔵庫の中を眺めていると、食べ切れずに固くなっていた食パンがあったので、じゃがいももあるし、コロッケを作ろうと決めた。

具材は、こういう時の為に用意してある鮭の缶詰を使ってと、早速準備に取り掛かる。蒸したじゃがいもの皮を剥いて、マッシャーで潰して、炒めた具材を混ぜて、形を整えて、パンを砕いて作った自家製パン粉をつけて、油の中に入れるとジュワーッと良い音がした。一人2個、タイミングを加減しながら合計4個を入れた時、事件は起きた。コロッケが、油の中で破裂したのである。

バラバラにならないだけまだ良かったが、やるせない気持ちになった。コロッケの中身が小さく油の中へ泳いで行く、それをちょこちょこ掬って被害を最小限に止めて、割れないようにそっと引き上げる。気を取り直して、失敗したのは、裏返し綺麗な面をせめて引き出して、自分の方の皿に盛る。普段なら、大きなお皿にどんとのせるが、こういう時は別々のお皿に盛り付けて食卓へ。失敗せずに揚がれば、ご自慢の大きなコロッケも、こういう時には小さく揚げた方が失敗しないのかなと思ってしまう。

色々気にしながら、食卓に座って、箸をいれてみれば、ちょっと見栄えが悪いだけで美味しいので安心する。ついつい完璧な形を追い求めてしまうが、お店で出す訳ではないんだからと、心の中で言い訳をしながら、二人とも完食した。

日が暮れた頃に、夕食を作ろうと台所へ立つ。チョビはすやすやと、ベッドで丸まって寝ている。パートナーの帰宅は20時過ぎ、夕食の仕込みを済ませて、ソファーで休憩していると、ニャアニャアと小さく鳴きながらチョビが起きて来る。僕の膝の上にのってきて、顔をじっと覗き込んでいるうちに目がとろんとして、すっかり安心した様子で、香箱座りになると、また寝息を立て始める。僕も釣られて、夕方のニュース番組を見ながら、チョビを撫でながら、うたた寝をしてしまう。パートナーが帰ってくる気配を感じると、チョビはパッと起き上がって玄関へ迎えに行く、その切り替えの早い事。チョビと昼寝をしながら、夕食を作る、そんな穏やかな時間がとても愛おしい。

チョビの顔を見ていたら、コロッケが破裂したって、焼き魚の身がちょっと崩れたってねえ、いいじゃないと言われているような気がする。毎日食事の支度をするのは大変だけれど、自分の為、家族の為、ちょっと手間をかけましょうと腕まくり。今夜は魚屋さんに行って、煮魚か焼き魚にしようかな。チョビにも一口分けてあげられるような。

焼き魚
・鰤の切り身
・塩
・あれば柑橘

生の魚を焼く時に、グリルに入れる30分程前に全体に満遍なく塩をふっておく。そのまま10分程、水分が出てきたら、キッチンペーパーで軽く拭いてあげます。魚の水分や臭みが取り除かれて、美味しく仕上がります。焼き時間は、皮目に少し焼き色がついた頃が目安。レモン、酢橘など、柑橘を添えてあげると、風味よく美味しく頂けます。

煮魚
・かれい(3切れ)
・酒 100ml
・醤油 30ml
・味醂 30ml
・砂糖 大さじ1.5
・生姜 4枚

キッチンペーパーで滑りをとって、皮に切れ目を入れておく(皮が縮んだ時、破れにくくする為)。鍋に、調味料と生姜を入れて沸かしたら、かれいを入れる。そのまま、弱火で10分煮たら完成(焦げそうな時には、水を大さじ1ずつ加える)。器によそってから、食べやすい大きさに切っておいた、せりに火を通して添える。

 

家庭的な味わいのお弁当が評判となり口コミで広がる。雑誌への料理・レシピ提供、食や暮らしについてのエッセイなどの執筆を経て、初の単行本『僕の献立 本日もお疲れ様でした』(光文社刊)を発行。2022年1月には第2弾『僕のいたわり飯』(光文社刊)も。

Instagram:@yoichiro_aso

 

フォトグラファー。1974年3月東京生まれ。雑誌、単行本で主に暮らしまわりを撮影。 好きな被写体は人物と料理。著書に、17組の人とその人の作った料理を撮り、文章を綴った『人と料理』(アノニマスタジオ刊)がある。他に『まよいながら、ゆれながら』(文・中川ちえ)など。

Instagram:@wakanababa

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