【新連載|朝、いろいろ】第一話:しろい土曜日
石田 千
土曜日は、うれしい。
どこにも出かけないけど、朝いちばんから、たのしみのラジオがふたつある。ききながら、朝ごはんのしたくをする。
お湯をわかして、紅茶をいれる。
パンを焼いて、くだものをむく。目玉焼きのつけあわせは、ピーマン。ヨーグルトに、はちみつをたらす。
いいパンやさんがあって、この町に越していらい、朝晩の主食はパンにかわった。金曜日の午後に、一週間ぶんを買いにいく。
平日の朝は、食パンを、はちみつトースト。土曜日の朝だけ、まえの日に選んだベーグルを食べる。
ベーグルの種類は、季節ごとにかわっていく。
冬は、豚まんや、さつまいものベーグルがうれしかった。きのう買ったのは、ホワイトチョコのベーグル。ホワイトデーが、近いからかなあ。きいてみたかったけど、店長さんは、明日の仕込みで忙しそうだった。
ふだん、ホワイトチョコレートを買わないので、焼いてみるのも、はじめて。きのう、ふとんのなかで、あしたは、はじめてのホワイトチョコベーグル。となえて、目をとじたのだった。
焼き網を熱して、片面4分。ひっくりかえすときに、フライパンをあたため、卵を落として、ふたをする。
キッチンタイマーがピーピー呼ぶ。
大皿には、ピーマンのソテー、小さじ四分の一の塩を添えた目玉焼き、キーウィフルーツ、こんがり焼けたベーグルがそろった。そうして、ひとつめのラジオが終わり、つぎの番組にうつる。
祖父母と父の写真に手をあわせ、いただきます。
いろんな音楽とゆかいな会話をききながら、紅茶をひとくち。それから、儀式のように目玉焼きに塩をぱらり。そうして、両手で、あつあつまんまるを、つかみ、かじる。
熱でとろけたホワイトチョコレートは、甘みがかるく、さっぱりしたカスタード、それから歯にかぶせものがついていらいご無沙汰となった、なつかしのキャラメルにも似ている。
目をとじて、うーん、土曜の朝。
晴れていても、曇っていても、やっぱりうれしい。けさのような、どんより土曜日でも、部屋が暗くて、お皿のすがたは、かえってみずみずしい。
晴天なら、紅茶やくだものの色に目がいき、曇天なら多彩な白を、ゆったりとなぞる。
つややかなヨーグルト、受け容れる陶器のそばちょこの対比。
目玉焼きは余熱で汗をうかべている。豆皿には、食後の錠剤がころんと乾いている。そうして、手もとの紙ナプキンの安心感。
本を読むときの呼吸は、紙の息吹から発すると気づいた。
そっけない机のまんなか、しろい大皿ひとつ。まじまじのぞきこんでは、かじって、紅茶を飲む。ラジオのように、聞きとることができない声を、じっと愛でる。そうして、あまーい、あったかーい、ベーグルをかじる。
すっかり食べ終え、薬も飲んでしまうと、壁に貼っておいた、きょうの用事をながめる。ついでに、壁のしみも、見つけてしまった。
ラジオは、終盤のお便りコーナーになった。おしゃべりやお便り、ひとりでいても、いろんな声に包まれて、時計は進み、一日がはじまる。
ごちそうさまでした。
立ちあがり、動きはじめる。
天井から、上の階の男の子の元気な足音が響く。ベランダでは、鳥たちも呼びあっている。きょうは、ひとも鳥も、雨が降るまえに、忙しく働くのかもしれない。
鳥には、休日はない。けれど、きょうは土曜日、にぎやかに働いたあとに、なにかお楽しみが待っていますように。
作家・石田千。1968年福島県生まれ、東京育ち。2001年「大踏切書店のこと」により第一回古本小説大賞受賞。16年、『家へ』(講談社)にて第三回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。『窓辺のこと』(港の人)、『バスを待って』(小学館)、『箸もてば』(筑摩書房)など著書多数。
写真家・齋藤圭吾。1971年東京都生まれ。雑誌や書籍、広告、CDジャケットなど様々なメディアで活動。主な仕事に『針と溝 stylus & groove』(本の雑誌社)、『melt saito keigo』(TACHIBANA FUMIO PRO.)、『記憶のスパイス』(アノニマスタジオ)、『高山なおみの料理』(角川書店)、『自炊。何にしようか』(朝日新聞出版)、『ボタニカ問答帖』(京阪神エルマガジン)などがある。
Instagram:@keigo.saito
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