【連載|ひとはパンのみにて】第三回:お香さがしの現在地

みなさんこんにちは。安達茉莉子と申します。自他ともに認めるお買い物好きの私ですが、このたび買い物にまつわるエッセイの連載が始まることになりました。私は買い物とは、「出合うこと」だと思っています。みなさんの日々に、良き出合いがありますように。

安達 茉莉子



第三回 お香さがしの現在地



 部屋でリラックスするためのアイテムとして、お香をあげる人は多い。以前の私は、煙が苦手でどうにも手が伸びなかった。だけど今では、日々の中に欠かせない存在になっている。

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 お香との出会いは、意外なことに渋谷のとあるバーだった。知人に連れて行ってもらったそのお店は、バーというより、夜のカフェのような雰囲気だった。ざらりとした白壁に木製の古いテーブル、客席の間には余白があり、ティーキャンドルの灯りがちらちらと揺れていた。

 入ってすぐ、料理でも酒でもない香りが鼻をくすぐった。ひんやりとした、控えめで落ち着いた香り。アロマとも違う。思わず店内を見渡すが、正体がわからない。聞こえるか聞こえないかの微かな音楽が、どこかで奏でられているような ── 耳を澄ませるような感覚で、その香りをたどる。

「これは何の香りですか?」と尋ねると、マスターが「これ、お香ですよ」と言った。

 えええ。お香って、こんな香り方ができるんだ。お香=和風というイメージも覆された。

 MOONという名前の海外製のお香だった。空間を満たすというより、香りがそっと空間に染み込んでいるようだった。その静かな香りは、その店の雰囲気に驚くほどよく似合っていた。

 あのとき鼻からたどった、香りの道。気づけばその道に迷いこみ、今、家の仕事部屋にはお香があふれている。

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 好みのお香に出合うには、なかなかの紆余曲折がある。香りが残る方がいいか、残らない方が好きか。香りそのものだけでなく、煙との相性も大きい。喉が痛くなったり、息苦しくなったりするお香は、やっぱり合わない。直接体内に吸い込むものなので、できれば天然原料のものを選ぶようにしているが、そうでなくても違和感なく馴染むこともある。火をつけてみて、体で感じてみないとわからない。そんな実験の繰り返しが、楽しい。

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 煙が強くないタイプもあるが、逆に、煙の立ち上る姿の美しさで選びたくなることもある。京都のサンガインセンスとの出会いは、その香煙の美しさを友人が力説していたのがきっかけだった。

 京都の烏丸御池駅近くにある本店は、まるでクラシックな漢方薬局のような佇まい(2025年夏に移転予定)。私の好みにドンピシャでテンションが上がった。訪れたその日はとても晴れた日で、午後の光が静かな店内に差し込んでいた。香炉に敷き詰めた白い灰の上に、お店の人が火をつけたお香を置くと、煙がぐるりと立ち上がる。形を変えてぐるぐると流れていく煙は、彩雲のように見えた。

 そのお香は「隕石」という名前だった。本物の隕石由来の原料と琥珀を練り込んでいる。説明を読むと、「無味(空味)」とある。「無」であり「空」を味わうお香。夜に暗い部屋でよくこれを焚いている。絶えず形を変える煙を見ていると、凝り固まった思考も解けていく。

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 家にたくさんあるお香の中で、サンガインセンスのほかに、現在「スタメン」になっているのは数種類。自然の中でフィールドワークして採集した植物と、世界の薬草や樹脂などの自然物で作られた「BRANCH INCENSE」。ARTS&SCIENCEの材木座店限定の「鎌倉」は、シダーとパチュリをブレンドした香りで、これは香りそのものが好みで、デスクの上にいつも置いている。プレゼントしていただいたお香に火をつけるときの、「さてどうくるかな」というワクワク感もいい。

 最近よく焚いているのは、お香の原材料でもある香木のパロサント。木に直接火をつけて使う。火が消えたあと、ふわりと立つ甘く清浄な香りが、部屋いっぱいに広がる。外に出たとき、服にその香りが残っていたりする。自分くらいしかわからない、ささやかでなんとも言えない良い匂いと共に歩く道はなんだかいい。

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 大抵、朝か夕暮れに一本、火を灯す。仕事部屋で、ふと顔を上げて、気分を落ち着かせたり入れ替えたりするのにぴったりなのだ。もしかしたら、お香そのものだけでなく、火をつけるこの瞬間が好きなのかもしれない。一点の小さな炎でも、生の火。会社や公共空間で火を使うことって、恐らくほとんどない。

 そう考えると、家にいて生の火を一点灯すというのは、なんともぜいたくなことだ。燃焼する火は、酸素と反応して水を生む。部屋の中で極小の自然現象が起こっていると言ってもいい。小さな小さなセンスオブワンダー。部屋に良い香りを連れてきてくれるこの一点の火を、守っていきたいと思う。




東京外国語大学英語専攻卒業、防衛省勤務、篠山の限界集落での生活、イギリスの大学院留学などを経て、言葉と絵を用いた作品の制作・発表を始める。『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)、『毛布 – あなたをくるんでくれるもの』(玄光社)、『世界に放りこまれた』(ignition gallery)などの著書がある。


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