【わからなさとともに】後編:私の「大切」からはじめる。その一歩目が、世界を知る手がかりになるかもしれない
ライター 小野民
ままならない「ニュースとの向き合い方」について、悩みを聞いてもらえたら。そう考えて私たちは、『未来をつくる言葉−わかりあえなさをつなぐために−』の著者で、早稲田大学教授のドミニク・チェンさんのもとを訪ねました。
前編では、ニュースを見ることを「栄養」に例えながら、自分と違う価値観を受け入れることなどについてお話ししました。
後編のテーマは「関心をもつこと」。ニュースって本当は他人事じゃないとわかりながら距離感に悩むとき、どんなところから始めたらいいのでしょうか。ドミニクさんと一緒に考えます。
生き物のように変化する、私たちの好奇心
大人になったら、ニュースをきちんと知らなければ。そんなふうに思うけれど、いざ関心をもとうと思っても、どこから始めたらいいのか、途方に暮れそうになります。
たとえばスマホで毎日見ているSNSにも、ニュースサイトからのおすすめ記事は溢れているけれど、どれもなんとなく眺めているだけで、内容を理解できているかというと自信がありません。
テクノロジーが発達した今だからこその難しさも感じます。
ドミニクさん:
「SNSでニュースにふれる機会は僕自身も多いですし、おっしゃる通り、この時代ならではの難しさがあると思います。
自動的に流れてくるものを摂取し続けると、自分の本当の興味がわからなくなってしまいがちです。自分の能動的な興味や好奇心は、筋肉みたいなもので、使わないでいたらどんどん弱っていく。生き物みたい、とも言えるかな。どんどん変わっていくものです。
『身近で自分に直接害のないもの』を見ていたい気持ちは、人間誰しも持っているもの。アルゴリズムは、その部分を過剰に反映してしまう傾向があります。場合によっては、たくさん見られた方がニュースサイトが儲かる、みたいな構造を知っておくことも大切です。
じゃあどうすればいいの?となると、今のところ、アドブロッカーを利用したり、スパム報告をしたりとか、コツコツやっていくしかないんです。ちょっと果てしない気持ちになりますよね(苦笑)」
ドミニクさん:
「でも、ニュースを発するメディア側にも、新しい取り組みは少しずつ始まっています。
たとえば、アメリカでコロナ禍に誕生した『Reasons to be Cheerful』というサイトは、世界中で起こっているポジティブな変化のニュースを届けています。cheerfulというくらいなので、どれも心がちょっと温まるような話題ばかりなのが嬉しい。ファンが増えているそうで、この状況には希望がありますよね。
何をニュースとして取り扱うのか、それはつまり、何に関心を向けるのかということ。SNSやインターネットのアルゴリズムに従うだけでなく、あるいは、ニュースといえば事件と決めてしまうのではなく、自分の好奇心の在りどころから、もうちょっと主体的に、自分にとってのニュースを探しにいったらいいんです」
「大切に思う」が世界を知るはじめの一歩
自分からニュースを探しにいく。やはりそのためにはぐっとニュースを自分ごとになるまで近づく必要がありそうですが、今まさに起こっているニュースは刻々と変化していて、結論が出ていない。まだ得体の知れないものを、自分のなかに取り込むのが怖い、という気持ちがあります。
ドミニクさん:
「ニュースを遠巻きに眺めるのは自然なことですよ。すべてを受け止めねば、と思ってしまうと、強迫観念みたいで、それって健やかじゃないですよね。いったん落ち着いて、深呼吸する、ちょっと遠ざかることもあっていいんです。
でも、ニュースをもう少し自分に近づけたり、自分ごとにしたいなら、テーマを決めてアンテナを張ることです。
アンテナの張り方もいろいろありますよね。たとえば、関心のある言葉を登録しておいて、当てはまる記事があったら教えてくれるGoogleアラートという機能があって、僕はもう20年くらい使っています。
何に興味があるかわからない状態は苦しいから、アンテナを張っているという状況があるだけでも、心が軽くなるかもしれません」
ドミニクさん:
「もっと根源的なところで、アンテナを育てることも大事だと思います。『Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)』は日本でもニュースで報道されていましたが、このmatterは、日本語にとても訳しづらいんですが、ケアするとか、大事であることを表明するニュアンスがあるんです。直接には関係がない話だとしても、うーん……、自分の一部のように感じるというのかな。
たとえば、僕は日本にいれば外国人だからこそ育ってきたアンテナがあって、現在ホットな話題としては入管法改正は存在に関わる、自分ごとのニュースだと感じます。
アンテナがキャッチするニュースは自然と僕の中に入ってきて、『ドミニクニュース』みたいな新聞が、頭のなかでつくられているイメージです。
自分にとって大事なもの、アンテナがキャッチするものがあって、自分にとってのニュースに価値が生まれてくるのかもしれません」
わからないことは増えていくばかり……
ドミニクさん:
「今って、結論を出さなくちゃ、みたいな空気があるかもしれないけれど、意見を持つとか結論づけたりするのって相当難しいこと。
僕は研究者ですけど、調べていくほどに、わからないことが増えてくるんですよ。わかることももちろん増える。でも、わからないことが発見されていく。それも面白いですよね。
ニュースに向き合うことも、一つひとつ頑張って調べるとか受け止めるとか、意見を持つってことだけじゃなくて、能動でも受け身でもない、アンテナを張っておくくらいの態度があってもいい気がします。
たとえば、電気代が高くなっていることにアンテナを張っておくとしましょう。そこからいろんな周辺のニュースを知るうちに、そもそもどうやって電気はつくられているのだろう?という関心が広がっていくかもしれません」
近頃の物価高、子どもの教育、推しのアイドル……きっと、一人ひとりがとてつもないバリエーションでアンテナを立てているのでしょう。たとえばドミニクさんは、ちょうど前日に娘さんの中のアンテナを垣間見た話をしてくれました。それは、第二次世界大戦中のアウシュヴィッツ収容所について描かれた本を読んだ後のこと……。
ドミニクさん:
「『なんでそんなひどいことをしたの』と、質問されました。答える僕ははぐらかすわけにもいかないし大変なんだけど、『なんで、どうして』と命に関わることは大事だと切実に感じている様子に、アンテナの種を見たんです。その感覚を大切にしてほしいなと思いましたね」
私たちは、ひたすらグレーな世界を生きていく
ドミニクさん:
「大事に思うって、暴力的な発想から少し自由になれる。世の中の現実って、グレーなことしかないと思うんです。誰にとっても気持ちいいだけの世界なんてない。でも、そのことに絶望したり否定的な気持ちで向き合いたくはないですよね。
『これは自分にとって大事なことだ』と認識することは、誰のことを傷つける必要もなく育てられる感性なはず。 そう考えると、誰かを否定して、自分が楽になるためにニュースを使わないことも必要です。
自分が大切にしてる価値、ポジティブな価値を育てるために、世界のニュースを知って、自分自身もよりよい方へ変化していければいいですね」
ドミニクさんと話したときのことを思い出すと、温かい時間だった感触があります。難しいテーマだと身構えていたにも関わらずそう思えるのは、「うーん」と悩みながら、お互いの表情や空気を感じて対面して、言葉を交わしたからかもしれません。
これまでの自分とニュースの関係は、いつも受け身の感覚でした。でも、「私の大切って何だろう?」と立ち止まって考えて、小さなアンテナを立ててみたら、無数のニュースの中に、自分が掴みたい話題が確かにあることに気づきました。
私の場合は、触れるニュースは少なくなったけれど、視界は前よりひらけたような。
物知りになったとしても、黒やグレーの世界がオセロのように白く裏返るわけではない。でも、だからこそ。アンテナの感度をよくして、自分の心と目で世界を味わっていけばきっと大丈夫。今はそんな心強い気持ちでいます。
(おわり)
【写真】吉田周平
もくじ
ドミニク・チェン
1981年生まれ。フランス国籍、日仏英のトリリンガル。博士(学際情報学)。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文化構想学部教授。人と微生物が会話できるぬか床発酵ロボット『Nukabot』の研究開発、不特定多数の遺言の執筆プロセスを集めたインスタレーション『Last Words/TypeTrace』の制作など多岐にわたる活動から、テクノロジーと人間、自然存在の関係性を研究している。
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