【あの人の本棚】後編:実家に帰るような感覚で、好きだった本を読み直したい(イラストレーター・谷山彩子さん)

ライター 嶌陽子

イラストレーターの谷山彩子(たにやま あやこ)さんの本棚をめぐる特集。前編では、よく読んでいるというエッセイや日記、何度も開いている料理本などを見せてもらいました。

その途中でふと見せてくれたのが谷山さんの伯母である漫画家、わたなべまさこさんの作品。興味は自然と谷山さんの家庭や子ども時代へと及びます。

後編では、その辺りについて伺うことに。さらには仕事場の本棚も見せてもらい、インスピレーションを受けているという絵本なども見せてもらいました。

前編はこちら

 

父は編集者、伯母は漫画家。本だけには困らなかった

谷山さん:
「父は総合出版社で少女漫画雑誌の編集をしていて、その時に伯母の担当をしていたんです。そこで伯母の妹であり、当時伯母のアシスタントをしていた母と知り合って結婚しました。要するに職場結婚ですね。

伯母は長年漫画家として仕事をしていて、90歳を超える今も時々描いています。私がイラストレーターになった時はすごく喜んでくれて。今も、伯母と同業者として会話ができるのが嬉しいなあと思います」

▲伯母である漫画家、わたなべまさこの絵が描かれた本。今も大切にとってある

谷山さん:
「父が出版社勤めとあって、とにかく本だけには困らない家でした。面白そうな新刊本や雑誌があると持って帰ってきてくれていたんです。それ以外にも、日頃から何か読みたいと言うとすぐに買ってきてくれました」

▲時間ができた時にじっくり読もうと思って数年前に買った日本文学シリーズ。

谷山さん:
「家の本棚には世界名画全集や文学全集、百科事典なんかも並んでいました。本棚に背表紙がずらっと並んでいて、夜、布団に入った時にそれを眺めていたのを覚えています。

中身を読んだわけではないんですが、いつもそばにあったので、夢野久作、江戸川乱歩などの作家名や『ゴリオ爺さん』といったタイトルは自然と頭に入っていましたね」

谷山さん:
「子どもの頃に読んだ本で今も時々読むのはローラ・インガルス・ワイルダーの『大きな森の小さな家』(福音館書店)。

森での暮らしというのが好きだったし、今でも好きです。印象に残っているのは、ローラのお父さんたちが飼っているブタを食料用に解体する場面。ブタの膀胱を膨らませたものを風船にしてローラとメアリーが遊ぶのも面白いし、尻尾を火であぶって食べるシーンを読んでおいしそうだなあと思っていました」

 

惹かれたのは少し毒のある世界

▲マンロー・リーフ『みてるよみてる』(学習研究社)と中川李枝子『いやいやえん』(福音館書店)。「今も時々開いて読んでいます」

谷山さん:
「ほかに、子どもの頃からずっと変わらずに好きなのは『みてるよみてる』や『いやいやえん』。

『いやいやえん』の主人公、しげる君はかなりの “悪い子”だし、いやいやえんのおばあさんもちょっといじわるな感じ。そういうところに惹かれます。私自身はおとなしくて言うことを聞く“いい子” だったのに、なぜなんでしょうね。

ちなみに、以前うちにいた猫の名前はこぐ。『いやいやえん』に出てくるこぐまの “こぐ” から取ったんです。こぐが保育園に持ってきたお弁当、葉っぱに包まれたどんぐり入りのおにぎりがおいしそうだったなあ」

谷山さん:
「『みてるよみてる』も、悪い子ばっかり登場する本。ふにゃふにゃな線画で、ちょっぴりどきっとするようなことが書いてあります。

小学2〜3年生の頃に初めて読んだんですが、すごくインパクトが強かったですね」

谷山さん:
「『みてるよみてる』もそうなんですが、絵を描く際に『あの本にあった、あんな感じの絵や世界観を私は描きたいんじゃないかな』って記憶の引き出しを開けることがあるんですよね。

小さい頃に見てきたいろいろな本の挿絵と今の自分の描くものがどこかで繋がっている気が最近しているんです。

そう考えると、これまで読んできた全ての本が、絵の仕事に影響しているのだと思います」

 

自分が絵の仕事をするなんて、思ってもいなかった

▲仕事場にある本棚は昔、東急ハンズで買ったもの。たくさんの画集や図録が並んでいる。

雑誌、書籍、広告などの挿画を手がけたり、絵本を出したりと、幅広く活躍している谷山さん。自宅からほど近い仕事場の本棚も見せてもらいました。

仕事のインスピレーションを得るのは、絵本が多いんです、と言って一部を見せてくれたのはこちら。子ども向けの料理本や、ソ連時代の絵本を紹介した本などです。

▲「絵の仕事をするようになってから、いろんな場所で見つけて手に入れた本です」

▲フランスの子ども向けレシピ本。「色の感じとか、ゆるいタッチ、すごくシンプルな絵なのに作り方がちゃんと分かるところが好き」

谷山さん:
「昔からシンプルな線画やパキッとした雰囲気の絵が好き。子どもの頃、どんなに内容が面白そうでも絵が好きになれない本は読めなかったくらいです。

でも、自分自身は絵が下手という意識がずっとあって。伯母をはじめ、上手な人が周りにたくさんいたからかもしれません。まさかこういう仕事をするとは全く思っていませんでした。

ギャラリーに勤めたり、そこでたまたま個展を開かせてもらったり、いろんな偶然の重なりが今につながったのかな。

最近は依頼された挿画のほかに、自分の絵本を出すようになって。人の考えたものに絵をつけるのも楽しいんですが、全部自分で作るのも楽しいなあと思っています」

▲谷山さんの著書『紋様えほん』と『十二支えほん』(ともにあすなろ書房)。「今年中にもう1冊出す予定です」

 

引き継いだ伯母の蔵書をじっくりひもときたい

仕事場の本棚には、江戸時代に関するものや中国に関するものも。実はこれらは、漫画家の伯母の蔵書なのだそう。

谷山さん:
「数年前、身軽になろうと思って仕事場の本棚2つ分の本を古書店に引き取ってもらったんです。空っぽになった棚を処分しようか、新しく本を買って入れようかなどと考えていたら、伯母の蔵書の一部を預かってほしいと頼まれて。大好きな伯母の頼みを断るという選択肢はなく、空いた棚に入れることになりました」

▲谷山さんが引き継いだ伯母の蔵書の一部。「『江戸商売図絵』なんてものすごく面白いです!」

谷山さん:
「伯母は江戸時代の作品や中国を舞台にした作品も描いていたので、その資料と思われるものもたくさんあります。

私も仕事をする際の参考にすることも。まだ全部をじっくり見ているわけではないんですが、これからゆっくり開きたいなと思っているんです」

 

帰ると安心する、本は家族みたいな存在

子どもの頃から毎日のように本棚が目に入っていたり、伯母の漫画作品もいつもそばにあったり、そして伯母の蔵書を受け継いだりと、人生や暮らしの中に常に本があった谷山さん。「本は家族」という言葉の真意を改めて聞いてみました。

谷山さん:
「昔から当たり前にある存在。そんなにいつも読んでいるわけではないけれど、帰ると安心するというか、切っても切れない関係だなと思って。それが家族っぽいなと思って、この言葉が出てきました」

谷山さん:
「最近の読書は、新しいものをどんどん開拓するより自分が昔から好きな本を読み直すことが多い気がしています。

世の中の変化がすごく早くて、時にはそれに納得できなかったり理解できなかったりすることも。そんな時、自分が好きな世界、慣れ親しんだ世界の扉を開けて、ひと息つきたいなという気持ちがあるのかもしれません。実家に帰ってのんびりするような感覚でしょうか。

それに、好きだった本をしっかり読み直したらそこからまた何か新しい道が広がって行くはず。それを辿っていきたいなあと思います」

「本は家族」とは、なんだか素敵な響きだなあと谷山さんの話を聞きながら思いました。

雑事に追われて気忙しい時も、心の中に迷いや不安が膨らんだ時も、ひとたび大好きな本をひもとけば自然と気持ちが凪いでいく。刺激やワクワクをくれる読書もよいけれど、ほっとできる安心感をくれるのもまた読書の醍醐味です。

「ただいま」と言いたくなるような、読むと心がじんわり温かくなる本。自分にとってのそんな本を、久しぶりに本棚から手に取りたくなりました。

 

【写真】井手勇貴

 

谷山 彩子
(たにやま あやこ)

イラストレーター。東京都出身。セツ・モードセミナー卒業。HBギャラリー勤務を経て、フリーのイラストレーターに。雑誌・書籍の挿画や広告の分野で幅広く活躍。近著に『文様えほん』『十二支えほん』(共にあすなろ書房)がある。 https://www.taniyama3.com/ Instagram:@a.taniyama3

 


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