【連載|朝、いろいろ】第九回:たたんで、わけて

石田 千

 このアパートに住み、四年めの秋。重たい腰をあげて、本格的な衣がえをする。さいわい、秋晴れの週末で、いつもより早起きをして、とりかかる。
 押し入れにしまいこんでいたのは、厚手のセーター、ウールのスカート、ズボン。フェルトの帽子などなど、なつかしいあれこれ、あるある、出てくる。
 東京の冬は、どんどんあたたかくなって、薄手のセーター、ダウンの上着、新素材のあたたかな下着があれば、しのげるようになってしまった。夏ものも、冬ものも、それぞれ、ひきだしひとつにおさまって、ひきだしの上下を手に取りやすい高さのほうにいれかえる。そんなかんたんな衣がえだけで、すませてしまっていた。
 この四年、この部屋にも、世界じゅうにも、いろんなことがあった。衣がえどころではない、ずっと、そんな暮らしかたでいたのだった。
 やせっぽちになって、ズボンやスカートはぶかぶかになったので、洗って、役場のリサイクルポストに持っていく。厚手のセーターのほうは、東北の実家で着られるので、帰省に使うかばんに入れておく。
 まだ着るもの、手ばなすもの。頭にバンダナをむすび、マスクをして机に山となった衣類をわけていく。

 
 ずっと編みものが好きで、手編みの教室に通っていた。
 採寸し、原型を起こして、課題を編んだ。肩が広く、身が薄い、ヒラメ体形。袖口のゴム編を長めに編むのがお気に入り。ぶどう、紅玉、枯草、いろんな色の毛糸で模様を編みこんだベストは、ファスナーをつけた力作。けれど、この部屋に移っていらい、袖を通していない。
 いちばんの理由は、外出から帰って、すぐに洗濯機で洗える。それが衣類を選ぶ第一の基準になったからだった。ほとんどのかたは、もう気にされていないことかもしれない。からだのあちこちに不安のある身は、いまだ衣食住のあちこちに、身がまえが残っている。
 東京にいるうちは、その基準は変えられないかもしれない。けれど、ひとのすくない、雪の多い実家で過ごすときは、ぬくぬくと、厚いセーターを着て、母とたのしく過ごしたい。そんな日を楽しみ励みに、たたんで、わけて、ならべていった。

 
 前回の帰省のときは、母といっしょに、納戸のかたづけをした。
 冠婚葬祭の返礼にいただいたタオルやシーツ、毛布は、新品箱入りのまま、棚のいちばんうえにならんでいる。
 あたらしいのを、使えばいいのに。そういったら、なじんでいるもののほうが、くったりしてて好きなの。母のいいぶんは、よくよくわかる。娘のほうも、日々、バリバリのタオルで顔を拭き、くたくたのタオルケットに身をくるみ、安心して寝ている。
 祖母と父の衣類で、傷みのないもの、ほとんど袖を通さなかったものは、必要とされている団体を探してみることにした。父とは、背丈がほとんどおなじだったから、コートやジャケットには着たいものもあった。父に似あっていた衣類を見ると、いまもつんと、さびしくなる。
 脚立にのって、母の指示をきいて、使いそうなものを棚の手前、しばらくは使わないものはおくへ、かたづける。そうして、棚のいちばんおくの最上段には、なつかしい丹前が三枚、のこされた。さて、どうするか。
 祖母は、戦争未亡人となってから、和裁で生計を立てたひとで、すべて手縫いの、上等な丹前だった。
 丹前、きれいだけど、これから使うことあるかなあ。使うひと、いるかなあ。
 あたまのなかでは、処分と思って、声にした。すぐに、足もとで、脚立を押さえてくれていた母がいった。
 ……これからまた、震災みたいなことがあったとき、だれかの役にたつかもしれないから、あんまりぜんぶは捨てられない。
 あらためて、樟脳の香りのする丹前を見た。母の、いうとおりだった。
 2011年の3月、東北はまだまだ雪の季節だった。震源からとおいこの町でも、停電になって、灯油が買えない時期が長くつづいた。東京から案じていただけで、じっさいのこころぼそい日々は、まったく知らずにいた。
 祖母のうつくしい丹前は、いつか、だれかが使わなくても、郷土資料館の歴史的寝具資料となって、展示されるかもしれない。手ばなすなんて、とんでもないことだった。

 
 たたんで、わけて、ならべて、おちこちあれこれ、いろんなひとと過ごした時間のなかにいられる。
 はじめてみれば、ひとりぶんの衣類のかたづけなんて、あっけない。お昼まえには完了した。
 押し入れをふいて、風を通す。
 まぶしい窓に目をやると、ベランダの手すりには、とんぼ。

 


作家・石田千。1968年福島県生まれ、東京育ち。2001年「大踏切書店のこと」により第一回古本小説大賞受賞。16年、『家へ』(講談社)にて第三回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。『窓辺のこと』(港の人)、『バスを待って』(小学館)、『箸もてば』(筑摩書房)など著書多数。

 

写真家・齋藤圭吾。1971年東京都生まれ。雑誌や書籍、広告、CDジャケットなど様々なメディアで活動。主な仕事に『針と溝 stylus & groove』(本の雑誌社)、『melt saito keigo』(TACHIBANA FUMIO PRO.)、『記憶のスパイス』(アノニマスタジオ)、『高山なおみの料理』(角川書店)、『自炊。何にしようか』(朝日新聞出版)、『ボタニカ問答帖』(京阪神エルマガジン)などがある。

Instagram:@keigo.saito

 

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