【連載|朝、いろいろ】最終回:カラフル・バレンタイン
石田 千
パジャマをぬいで、うえからしたまで厚着する。足もとは、膝のかくれるハイソックス。さらに、足首までの靴下をかさねる。
ハイソックスと靴下、いつのまにか、365日のこととなった。夏は、薄手になる。春と秋は、コットンになる。
セーターもスカートも、長年の好みで、色かたちが決まっている。紺、グレー、カーキ、ベージュ、白と黒。ハイソックスも、制服みたいに、おんなじ。
このごろ、みじかい靴下は、いろんな色、いろんなもようを選ぶようになった。ちかくに靴下の専門店があって、3足1000円の棚に、つい長居する。靴下のひきだしは、みるみるふくらんで、びっくり箱。あけるたび、カラフルな靴下がとびだしてしまう。
昨春、3年ぶりに帰省がかなったときのことだった。
数日たのしくすごし、明日は東京にもどる。しょんぼり荷づくりをしていると、これあげる。母は、靴下を2足もっていた。
複雑な編みこみもようの、色ちがい。
通信販売のカタログで、色がきれいと買ってみたんだけど、届いたら、見るからに足首がきつそうだった。帰ったら、あげようと思って、返品しないでとっておいたの。八十路も峠をむかえる母は、足首のゆるい靴下がらくで、そのほうが、足も冷えないとのこと。
ミントグリーンからマリンブルーへ、チェリーピンクから椿の赤に。どちらも、あざやかな色づかい。
じぶんでは選べない色だから、うれしかった。ありがとう。すなおによろこんだ。むだな買いものにならなくて、よかった。また、いいのがあったら、買っておく。母もよろこんだ。
母も、服の色は年じゅうかわらない。けれど、ずっとまえから靴下だけは、いろんな色、デザインを好んではいていた。
娘のほうは、かわいい靴下だねとほめていたものの、かさねて履くのはめんどう、足も冷えたりしない。そう思っていた。じっさい、そうだったのに、ほんとうに、いつのまにか、あたりまえに、2足かさねていた。それでも、ちかくのお店で選ぶのは、無彩色ばかりだった。
翌朝、紺のハイソックスにグリーンのほうをかさねてはいた。足もとがくっきりして、これまた地味な靴もひきたつ。
じゃあ、またね。玄関でちょっとさびしくて、うつむく。カラフルな足もとを見とめて、深呼吸。いってきます。空港にむかった。
伝統的なアーガイルもよう、ケーブル編、小花やハートの編みこみもよう、ちいさなピンクのリボンが縫いつけてあるもの。おばちゃんのくるぶしなんて、だれも気がつかないけど、見るたびうれしくなるんだから、それでいい。
町にでると、交差点で信号を待つとき、電車の座席でぼんやりするとき、おしゃれな靴下に出会える。制服の女子高生は、くろいタイツに、まっしろなソックスをかさねている。みじかめのジーンズから、あかい靴下をのぞかせるのは、高校生のときの流行だった。キラキラのラメの靴下をみると、かならずマイケルのすてきなダンスを思い出す。
ああ、きょうも、寒いなあ。どっさり買いものをして、重たいなあ。うつむいて歩いていても、すれちがうひとの靴下に目がとまる。こんどは、あの色もいいなあ。一期一会のみなさんに、たのしみをいただいて、よいせ。もうひとがんばりできる。
らくな服、地味な色。ずっと、ひたすらに暮らすだけだった。母のプレゼントしてくれた靴下から、毎朝のたのしみができた。それだけで、気もちも明るくなると知った。
今月は、バレンタインデー。町は、チョコレートがあふれている。きらきらの包装紙、ハートのかたち。見ているだけで、うっとりする。
チョコレートは、母の大好物。足首のゆるい、きれいな色の靴下をさがして、まだまだ寒い東北に届ける。
作家・石田千。1968年福島県生まれ、東京育ち。2001年「大踏切書店のこと」により第一回古本小説大賞受賞。16年、『家へ』(講談社)にて第三回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。『窓辺のこと』(港の人)、『バスを待って』(小学館)、『箸もてば』(筑摩書房)など著書多数。
写真家・齋藤圭吾。1971年東京都生まれ。雑誌や書籍、広告、CDジャケットなど様々なメディアで活動。主な仕事に『針と溝 stylus & groove』(本の雑誌社)、『melt saito keigo』(TACHIBANA FUMIO PRO.)、『記憶のスパイス』(アノニマスタジオ)、『高山なおみの料理』(角川書店)、『自炊。何にしようか』(朝日新聞出版)、『ボタニカ問答帖』(京阪神エルマガジン)などがある。
Instagram:@keigo.saito
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