【特集|お母さんにまつわるエピソード】第1話:忘れられていたエプロン- 大平一枝
編集スタッフ 齋藤
– お母さんについて、思いを馳せる。
この時期になると、ぼんやりと考え始める母の日のこと。
今年はなににしようかな。欲しいものをポロリと言っていなかったっけ?最近、元気にしているのかな。など、母の日にかこつけて“お母さん”という人について思いを馳せる季節な気がします。
それを発端として、嬉しかったことや可笑しかった思い出が、なかなかの鮮明さを持って頭に浮かんでくることってありませんか。
この特集では、そんな『お母さんにまつわる忘れられないエピソード』を2回にわたってお届けします。
書き下ろしのエピソード。
これからお届けするエッセイは、雑誌「天然生活」や「暮しの手帖別冊 暮らしのヒント集」をはじめ、女性誌・書籍を中心に、 人々のライフスタイルや人物ルポを執筆されているエッセイスト・作家の大平一枝(おおだいら かずえ)さんに、この特集によせて書き下ろしていただいたものです。
どうぞじっくりとお読みいただけたら嬉しいです。
『忘れられていたエプロン』- 大平一枝
あれが母の日だったのか、記憶が心もとない。我が家は小遣い制ではなかったので手もとに現金がなく、子ども時代に買った唯一の母への贈り物だったことだけはたしかだ。
幼い頃、父の転勤のため、3〜4年スパンで長野県内を渡り歩いた。松本市の住宅地からいきなり駒ヶ根市中沢という山間部の小さな集落に移り住んだときのこと。母は突然自動車の免許を取ると言いだした。
今もそうだろうが、地方は車社会だ。大人一人に一台のような状態で、車がないとスーパーにもどこにも行けない。とくにその集落は公共交通機関が未発達で、母は見ず知らずの土地で不便を感じていたようだ。もともと運動神経が鈍く、しかもその地域の自動車学校に通っているのは高校や大学を卒業した若者ばかり。そんななか、38歳の専業主婦が通い出すのはよほどの決意だったに違いない。この年ですごいな、がんばってほしいなと私も心の中で応援していた。
母は、予想通りずいぶん長い間通っていた。新しい入校生を優先するためか、試験に落ちて再チャレンジの人の席は教室の外のほうにおいやられるらしい。勢い込んでいた心の元気がどんどんしぼんでいくのが子ども心にわかった。そのうち、同じような年齢でなかなか合格しない女性を見つけ、いつしか茶飲み友達になっていた。自宅に招き、たくあんをつまみながら
「もうやめようかな」
と言う戦友に、
「ここまでがんばったんだからやめちゃだめだよ。がんばろうよ」
と励ましている。受かっていない母が言うのだから説得力がまったくない。
そうこうしてどうにか合格した初夏のある日。私は貯金箱のお金をかき集めて、学校の帰り、近くの洋品店で一番安いエプロンを買った。ちょうど母の日と時期が前後していたように思う。予算が少なくて腰下エプロンしか買えなかった。それでも、初めて子どもから親に「おめでとう」と言って慰労の品を渡すという行為が嬉しくて誇らしかった。母はたいそう喜んでくれたが、この件でさきほど実家に電話したら、きれいさっぱり忘れていた。
「あれ、そんなことあったっけ」
そうそう、家族ってそんなもの。ついでに、ふと尋ねた。
「なんでまた、あのとき免許を取ろうと思ったの?」
すると意外な答えが返ってきた。
「あんたの中学、山の向こうで遠かったから。保護者会の行きは誰かの車に乗せてもらっても、帰りはクラスが違うと一人になる。乗せてあげると言われても、その人にとって遠回りになっちゃうから悪いなと思って」
山の中腹にある中学まで徒歩で40分。みなが車で往来するなか、一人でとぼとぼ山を下るのは確かに淋しかったろう。知っている人が誰もいない山あいの土地で、移動の足がないなか生活や子育てに奮闘していた母のしゃにむな30代に思いを馳せた。
いま、私はその年齢をとうに越している。あのとき、なけなしのお金をかき集めて贈って良かったなとあらためて思った。だって、あの挑戦は私の中学の行事に通うためだったのだから。エプロンの記憶が行方不明でも母を責めまい。
言葉を紡ぐ、大平一枝さんについて。
(著書「信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ」より)
私たちが大平さんを知ったのは、バイヤー松田が手に入れた大平さんの著書「信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ」がきっかけです。この本を読んで即『手抜きみょうがの甘酢漬け』(“手抜き”の部分は松田オリジナル)を自宅で作った松田。
すると次に編集チーム津田が「日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ」を読んで特集のヒントになったと意気込んで企画を練っていました。
大平さんの本には、どうにも読んだひとが自分サイズにおとしこんで、何か動きたくなってしまう力があるよう。そのパワーに惹かれ、今回大平さんにエッセイをお願いしました。
わたし自身、母とのエピソードが、全く違ったものなのにまるで薄い紙で重ね合わせたように、エッセイを読んでよみがえった気がします。
みなさんはどんな風景を思い浮かべましたか?
次回は当店のスタッフ3名に、エピソードを教えてもらいます。どうぞ、お楽しみに。
大平さんの近著をコメントと共にご紹介します。
①『東京の台所』(平凡社)
東京の台所 大平 一枝 平凡社 2015-03-20 |
お勝手から見えてきた、50人の食と日常を巡る物語を文章と写真で綴りました。DIY名人、インドマニア、料理をしない人、ホームレス……。台所という空間から透けて見える住み手の人生や日々の機微を記録した東京図鑑でもあります。(大平)
②『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)
日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ (散歩の達人POCKET) 大平 一枝 交通新聞社 2014-12 |
喫茶店、野菜の無人販売、二番館、キテレツ看板、門構え探訪、主婦が一人で行ける居酒屋、日本酒のお稽古。心を豊かにする小さな外出をテーマにしたエッセイ集。散歩から始まる小さな恋の小説も収録してみました。(大平)
③『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)
信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ: 漬け物から干し菓子まで、信州全土の保存食110品 大平 一枝 誠文堂新光社 2014-07-09 |
テレビや雑誌に載らない、ご近所さんだけが認める長野の「お茶うけの達人」を訪ね歩きました。お茶うけには、野菜や果実。山菜や木の実という旬の恵みを保存して1年中楽しむための知恵と工夫がたくさんつまっています。110のレシピと共にそこに流れるゆたかな時間のかけらを感じていただけたら嬉しいと思っています。(大平)
▶大平さんのHP「暮らしの柄」はこちら
▶連載「東京の台所」はこちら
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