【5秒日記】第5回:一生であと何回マヨネーズを買うだろうと思う

「日記は1日のことをまるまる書こうとせずに5秒のことを200字かけて書くと書きやすい。私は貧乏性だから、家のちょっとした瞬間を残して覚えてわかっておきたいと思うのです」 エッセイストの古賀及子さんと、高校生の息子、中学生の娘の3人の暮らしの様子や、自身の心の機微を書きとめる日記エッセイ。月一更新でお届けします

古賀及子

12/1(金)
朝食の茹でたブロッコリーに使おうと冷蔵庫から出したマヨネーズが、チューブのなかでもうあと少ししかない。残りを搾り口へよせるべくチューブをぶんぶん振りながら、一生であと何回マヨネーズを買うだろうと思う。

娘がよく、物事を人生のスパンでとらえようとするのだ。

「これまでの人生で何回塩と砂糖を間違えたことある?」
「一生のうちこの嬉しさって何位くらいだと思う?」
「今までの人生で爪きりの時間の合計ってどれくらいかな?」

娘が人生を語りはじめる前まで、私にとって一生はもっと壮大で切実なものだった。娘のおかげで最近の人生はささいで他愛なく、そうして気安い。

 

12/3(日)
今月に入ってからいつもの掃除の出力を、気もちすこしだけ、上げることにしている。大掃除を視野に入れ、拭き掃除の範囲を10センチだけ広げる、風呂掃除の時間をすこし長くとるなど。

その取り組みの一貫として、今日は電子レンジの庫内を掃除するついでに、レンジの後ろにも手を回して雑巾を差し込んだ。すると、ほこりと一緒に1センチくらいの黒くて丸いプラスチックがころころ転がって出てきた。

なんだろう。つまんで注視し「あっ!」と声がもれた。100円ショップで買った、インク付きの印鑑のキャップだ。

いつだったか取り落として、探したのだけどどうしても見つからず、家のなかでたったいま落としたものを諦めるとはなんてだらしないことだろうと、罪悪感を持ちながらもついに諦めた。

どうして電子レンジの裏側に。導線のまったく理解できないところから急に出てきたことに驚く。

手のひらに乗せてながめると、大事なものである威厳があまりにも無くごみのようにちゃちで感心した。

そうして印鑑本体を探すと、これが無いのだ。

 

12/10(日)
日曜日の昼にテレビをつけたときの、私の『なんでも鑑定団』を選局するリモコン操作は早い。

番組にたいした思い入れも無いにもかかわらず、番組表に載っていると「よっしゃ」とすら思うのはどういうことだろう。

興味のなさそうな娘も食後のみかんをむきながらぼんやりながめている。

「これまでの最高額っていくらだろうね」と言うから、たしかにと、スマホを手にとり検索すると検索窓に「なんでもかんて」まで入力したところでもう「なんでも鑑定団 最高額」がサジェストされた。

こういうときに世界はひとつだと思う。

最高額は5億円だそうだ。

 

12/20(水)
昨日お会いした方が福岡のおみやげに「博多通りもん」をくださった。晩ご飯のあと、ありがたく恭しく箱から出して人々に配る。

息子が「うまいな……」とうめくから、そうなんだよ、これおいしいことで有名なお土産だからと、「ちゃんと覚えておいたほうがいいよ」と伝える。銘菓の名前は人生を豊かにする教養だ。

それから洗い物を片づけていると娘がやってきて「食べた。おいしい、ちょっと……びっくりしちゃった」というから私が買ってきたのでもないのにいよいよの手ごたえだった。驚くほどおいしいという言い方があるが、娘をまさにその状態にした。さすが銘菓。

となると気になるのは残数で、ひとりいくつの分配になるか厳正にカウントして人々にアナウンスする。こういうときのこの家の居間は気もち一瞬、空気がつめたい。

 

12/22(金)
プリンターの電源が入らないと娘が言う。昨日までふつうに使えてたのに? どういうことかとボタンを押すが、たしかにうんともすんともいわない。

電源の口を変えたり、すこし様子を見て再度トライするのだけどだめだ。壊れたらしい。

現実にはあり得ないけれどマンガ的な表現でプスンと煙を吐くとか、そうでなくても挙動がおかしくなるとか、そんないかにも壊れたようなふるまいを一切せずに静かに静かにだめになることが、家電にはたまにある。

最後の挨拶がないのだから、人類の側としては信じられず受け入れられない。

困ったとか、残念だとか、面倒だとか以前の、起きたことが飲み込めないところで感情が片付かず、修理に出す自分のさまがしっくりこなくてとりあえず放った。

 

12/23(土)
息子が米を研ぎながら、「鍋のたぐいで武器として最強なのはフライパンだと思ってたけど、もしかしたら炊飯器の内釜の方が強いかもしれないな」と言った。

急だが、普段から考えていたのだろう、当然のような話しぶりだからこちらもしっかりと応じねばなるまい。

「内釜強いかな? それなりにぶ厚いけど、フライパンみたいに持ち手がないから勢いつけて振り下ろしづらい気がする」
「いや、内釜は頭にかぶれるんだよ。かぶったときに両手が空くのはでかい」

なるほど……。

フライパンを構えた者と炊飯器の内釜をかぶった者同士の戦いを想像していると、居間から娘がやってきて「テレビでカプセルホテルというのを見たんだけど、夜のうちにカプセルごとどこかへ連れて行かれそうで私は怖い」と言った。

 

12/25(月)
昨年の活動をもって、私はサンタ業を廃業した。

サンタシステムの全貌が子らに知れてなお、24日の夜にはサンタが強固に枕元にやってき続けていたのだけれど、近ごろは私よりも子どもたちのほうが遅く寝るし、就寝が無防備でなくなって察されることなくプレゼントを枕元に置く自信がもうなくなってしまった。夜中にわざわざ起き出して活動するのも単純にしんどい。卒業だ。

そんなことでクリスマスを迎えてみると、行事そのものが、自分ごとではないように感じられる。

さわることのできる実体がなく、足が宙に浮いて泳ぐようだ。ごちそうを食べたい気持ちだけはあって用意してみたけれど、それもお相伴にあずかるようによそよそしい。

そんなことだから、切実さも真剣さも欠けて、本来朝から冷蔵庫で解凍しておくべきだった冷凍のケーキとチキンを凍らせたまま夜を迎えてしまった。結局ふつうに鍋にした。

 

12/26(火)
昨日食べるはずだったところ、解凍し忘れて食べられなかった洋梨のムースのケーキを、今朝食べるべく夜から解凍しておいた。

1日遅れて、しかも朝食として食べる。パーティーの雰囲気はもはや一切ないが、ケーキというものの食べ物としての存在感、ありがたみはやはり大きい。

母方の祖父母はそんなとき、手のひらを合わせてさすって「ありがたい、ありがたい」と言って文字通りしっかりと拝んだ。真似て拝む。

冷凍品とはいえ、今年はそれなりにちゃんとしたものを買ったのだ。すくって口に入れると味わいはやはりすばらしく、舌鼓を打つとはこのことかと頬を落していると今日から冬休みがはじまる息子も起きてきた。

「おっ! ケーキ!」とそれなりにテンションをあげながらも、「いや、安易に喜んではいけない」と自らを律している。

ケーキは見た目でおいしそうにふるまうけど、それで期待値を上げてしまっておいしさがついてこないとあとでがっかりするから、だそうだ。食べ物に対してずいぶん慎重な態度でいる。

けれど食べたら吹き出して「おいしい」と言った。

 

12/27(水)
いくつかのウェブサービスに2段階認証を設定している。

IDとパスワードを入れたうえで、さらに認証用のアプリに表示されたワンタイムの6桁の数字を入力することでログインする。

この、6桁の番号を、私はつい入力時に声に出して読み上げてしまうのだ。読み上げてから、セキュリティ! と、はっとする。

あたりには誰もいないが、いつも無駄にちょっとどきどきしている。

 

§

 

1/1(月)
正月にしては暖かく感じられた日も夜は冷えて布団がつめたかった。

夕方に起きた地震で東京の自宅もボウルに入れたビー玉を転がして円を描くみたいにゆっくり長く揺れた。めまいのような船酔いのような感覚で、最初は体調に何かが起こったのだと思ったけれど、室内にひっかけた洗濯物干しが私と一緒に揺れているのに気づいて地震とわかった。

この夜を、地震や津波の影響で普段のように家で温まることのできない人がいるのだと思うとひゅっとなる。

隣の部屋に寝る娘が、部屋の出入り口からぬいぐるみをのぞかせて、手を振って見せてくれた。

 

1/2(火)
とくべつ派手な予定のない正月だ。初売りのスーパーで、せめて晩のデザートを奮発した。

いっひっひと笑いながら「ハーゲンダッツ買って来たよ」とエコバッグのなかを見せると娘が「なんで?」と言い、正月だからという発想がまったくない、贅に対する力強い疑問に感嘆する。

盆であろうと正月であろうとこの家にハーゲンダッツがやってくるずはない、そんなわけないという前提からうまれいづる「なんで?」。

しかし、なんでもかんでも、もう買ってきてしまったのだ。おせちのあとに食べたら、ははあと声の出るおいしさであった。私はラムレーズン、息子は抹茶、娘はクッキー&クリームを食べた。

 

 

文/古賀 及子(こが ちかこ)
1979年東京生まれ、神奈川、埼玉育ち、東京在住。ライター、エッセイスト。 どうってことない日々を書くのが好き。著書に日記エッセイ『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』(素粒社)。2024年2月に日記エッセイの続編『おくれ毛で風を切れ』(素粒社)、エッセイ『気づいたこと気づかないままのこと』(シカク出版)を刊行予定。
note:https://note.com/eatmorecakes  X(twitter) :@eatmorecakes


イラスト/芦野 公平(あしの こうへい)

イラストレーター、TIS会員。書籍、雑誌、広告等の分野で活動中。イラストを提供した仕事に、Honda N-ONEカタログ、坂角総本舗130周年カタログ、新国立劇場「シリーズ 声」ビジュアル、田島木綿子『海獣学者、クジラを解剖する。』(山と溪谷社)、瀬尾まいこ『傑作はまだ』(文藝春秋)など。
X(twitter) : @ashiko

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