【ドジの哲学】あがったり、さがったり、お母さんは大変です。
文筆家 大平一枝
ドジのレポート その7
裁縫ジレンマ
何年か前、娘がつぶやいたことがある。
「最近気づいたんだけど、よそのお母さんは、制服のホックが外れたら、すぐ縫い直してくれるんだね。うちは半年くらい経ってからやっとママがやってくれるじゃん?」
文字で書くと嫌みのようだが、彼女のそれには悪意やよその家への憧れはなく、もう少し母娘ならではの、客観的で笑いを含んだ冷静なニュアンスだった。生まれたときから、家で髪を振り乱して仕事をしている姿や、もともと私の粗忽(そこつ)なようすを見ているので、この人には多くを望んでもいろいろままならぬことがあるとは自覚している節がある。
私はスカートを洗ったとき、「あ、縫わなくては」と思いながら、つい後回しにしてそのまま忘れてしまう。で、ようやく思いたって裁縫箱を開くのだが、適切な大きさのホックがない。いきおい、あるもので間に合わせるので小さなフックに負荷がかかりすぎ、すぐはじけ飛んでしまう。そしてまた1週間、2週間……という具合で、自分でもこのずぼら加減に辟易とする。
娘は間に合わせで自分で縫い直すこともあるし、クリップで留めたり、帰省の折は持参して祖母を頼ったりする。
開き直るつもりはない。心苦しさを抱えつつ、子どもを観察していると、親がいろいろ欠けていると、なんとか自分であの手この手を考え出すものだなあということに気づく。高校2年の今では、片づけと縫い物は娘のほうが上手い。最後の母としての砦で、「料理と同時進行の家事の段取りは、あなたには負けないよ」と、とつねづね言っている。ところが娘いわく、「おにぎりと唐揚げは買ったもののほうがおいしい」とのことなので、料理の座は、最近あやうい。唐揚げ専門店のそれはすこぶるおいしいらしい。
そんなこんなの日々の中で、救われるのはたとえばこんな言葉。
「好きなこと仕事にしているから、ママはそれだけですごいよ。勝てない」
何も教えてないが、そうくみ取ってもらっているのなら、ああこんなだめだめな私でも、人の子の親になって良かったなと少し肩の荷が下りる。
娘の言葉に上がったり下がったり。ドジな母の子育てはこの先ももうしばらく続く。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。大量生産・大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『暮しの手帖別冊 暮らしのヒント集』等。近著に『東京の台所』(平凡社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)などがある。
プライベートでは長男(21歳)と長女(17歳)の、ふたりの子を持つ母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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