【週末エッセイ】新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。
文筆家 大平一枝
文 大平一枝
第一話:朝家事、夜家事と心の偏差値
“よれよれ”の日々
好きな家事と嫌いな家事はなんですかと聞かれたことがある。考えてみたら、ほとんど苦手なことばかりで、答えにつまった。なにしろ面倒なことが多いし、がんばって掃除をしても翌日には汚れる。料理も洗っては作り、作っては洗うの繰り返し。つくづくゴールのない作業だなあと実感する。
長男が19歳、長女が16歳になった今はそうでもないが、0歳と4歳の新米母時代はとくに、毎日がよれよれだった。フリーランスの共働き生活も始まったばかり。平日はフルタイムで働き、貴重な週末の午前中は洗濯と掃除でつぶれてしまう。やっときれいになったと思ったら午後にはおもちゃが床に散らばっている。まさに、あのころ私にとって家事は最大の敵だった。
そんな日々なのに、雑誌を見ると梅を漬けてみようとか、天然酵母のパンを焼いてみようとか、素敵なお母さんが目白押しなのである。私は”お母さん偏差値”が低いなぁと、気持ちがしぼんだ。
しかし、当たり前だが子はどんなに放っておいても勝手に大きくなる。自転車の補助輪が外れる頃、不意に自由がおとずれる。仕事と育児と家事の間に、名前のないすきま時間ができるのだ。
朝家事は重く、夜家事は軽く
たとえば朝。送迎しなくても子どもが小学校に行ってくれる。とたんにぽかりと始業までの時間が空く。
夜は、添い寝も夜泣きももうない。
生来まめではないので、そんなすきま時間にびっちり家事は入れない。ほんの少しすべりこませる。
ここで大事なのが”比率”だ。夜の家事は軽く、朝の家事は重く。気持ちがゆるむ夜は、存分にゆるませておく。疲れているのだから、無理をしたら家事がよけいに重荷になるばかりで長続きしない。夜は皿洗いで終了する。そのかわり、あわただしく気を張っている朝に、あえてアイロン掛けや洗濯物の片づけなど重めの家事をする。気が急(せ)いて、集中しているのであっという間に終わってしまう。仕事を控えているので、「ああ面倒だな」と悩んでいる間(ま)さえない。
つまり、家事というのは、それ自体がいやなのではなく、家事をしなくてはと思いながら腰を上げずにいるものぐさな「自分」がいやなのだとわかった。
力ずくで編み出した先にあるもの
そんなふうにして、私は苦しまぎれにどうにかこうにか自分流の方法を編み出しながら、少しずつ“お母さん”というものになっていった。正しいお母さんの形なんてないのだから、たとえば家事も、自分を責めずに、笑って暮らせる方法を考えればいい。
新米母は各駅停車でだんだん本物の母親になっていく。自分流でいいんだなあと肩の力が抜けたとき、ふと梅や味噌やらっきょうを漬ける隙間時間があることに気づくものだ。
余裕がないと見えなくて、余裕があると見えるものはたくさんある。路傍の石、夕刻の茜空、子どもの淋しげなまなざし、ボールのように膨らんだりしぼんだりする自分の心。子どもが幼い頃はなにもかもがいっぱいいっぱいで、見えなくなりがちだけれども、手探りの力ずく、失敗の日々の中で少しずついろんな謎が溶けてゆく。
一生終わらないんじゃないかと思う子育ての日々は、けっこう早く、するりとその手からすり抜けてしまう。だから、あまりがんばりすぎず、正しいお母さんを目指しすぎないでいいのかもしれない。
今、自転車の前に小さな子を、後ろにたくさんの荷物を乗せ、商店街を駆け抜けて行くお母さんを見ると、そんな日々を少し前に通り過ぎた者として、その背中に向かって声をかけたくなる。「がんばって!今は大変だけど、過ぎてしまえば、いかにその日々がかけがえのないものだったかわかるよ〜」と。
本欄がそんなお母さん達へのささやかなエールになれば幸いである。
長年の皿洗いの友。フロッシュは洗浄力の強度で製品がわかれているが、楽しく洗いたい一心で香りで選んでいる。グレープフルーツ(左)とざくろ(右)の香り。スポンジはフランスの台ふき。安くて清潔。(撮影:大平一枝)
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