【終わりは、はじまり】前編:80歳まで続けたい、そんなブランドを「辞める」と決めて(n100デザイナー・大井幸衣さん)

商品プランナー 斉木

ずっと春が苦手でした。それは、別れの季節だから。

順々にやってくる節目をうまく整理できず、足踏みしている間に、みんなどんどん前に進んでいく。なんだか自分だけ取り残されたような気持ちになります。

みんなはどうやって「終わり」を受け止めているんだろう? そう考えると、世の中に「はじまり」の物語は溢れているけれど、「終わり」の物語にはなかなか出会えないことに気づきました。

終わりの渦中にいる人に、深く話を聞いてみたい。そう思っていた頃、人づてにあるアパレルブランドが終了することを聞いたのです。

 

憧れのブランド「n100」が終わる……?

▲カシミヤカーディガン(左)と、シルクタフタのトップス(右)

そのブランドは「n100(エヌ ワンハンドレッド)」。大井幸衣(おおい・ゆきえ)さんと橋本 靖代(はしもと・やすよ)さんが、ふたりで立ち上げたブランドです。カシミヤを中心としたシンプルで上質なものづくりは、わたしにとって憧れの大人の普段着で。そんなn100が今年の4月30日、あと数日でブランドを終了します。

何を考えて終えることを決めたんだろう。そこに、迷いや後悔はないんだろうか。次から次にいろんな疑問が生まれました。そしてそれを、デザイナーの大井さんに直接聞いてみることにしたのです。

 

80歳まで、続けるつもりではじめました。

大井さんが50歳で立ち上げたn100。100という大きな数字が入っているのが印象的です。ここにはどんな想いを込めたんですか?

大井さん:
「もともとn100は、ニット工場のファクトリーブランド『n(エヌ)』として2007年に始まりました。それを2008年に自社ブランドn100と名前を変えて再スタートして。100という数字には、100年経っても人の好きなものは変わらないという想いを込めています。

私たちの会社は『EIGHTY YEARS PRODUCT』というんですが、友人でもあり、ブランドの初めてのお客さんでもある馬詰佳香(うまづめ・かこ)さんに、『こんなに気持ちのいい服は一度着たら手放せない。80歳まで作り続けて』と言われたことが心に残っていて。80歳までのものづくり、というそのままの名前です。

始めるときには終わりなんて想像もしてなかったですね。規模を縮小したり、形を変えたりしながら、ずっと続いていくブランドになると思っていました」

 

友人との別れで気づいた、「時間」の大切さ

終わらないつもりではじめたことを終えるって、とても勇気がいることだと思うんです。それには何かきっかけがあったのでしょうか。

大井さん:
「理由はいろいろとあるんですが、去年60歳になって、『時間』に対する価値観が変わってきたというのが一番大きいかもしれません。

50代後半から身の回りで大切な友人が体調を崩すということがちらほらと起こり始めました。病気になってから、一度も会いに行けず亡くなってしまった方もいて。そんな後悔をもうしたくなかったんです」

大井さん:
「会いたい人に会いにいくってそんなに簡単なことじゃないですよね。そのために時間を使おうと思うと、今のままのペースで仕事をしていると難しい。あとは、そんな友人たちを見ていて、自分も年齢を重ねる準備をする時期に差し掛かっているんだとも思いました。

n100の規模を小さくして続ける方法も考えたんです。10年間でこれだけ多くの方に支持していただけたのだから。でも、共同代表の橋本と話し合って出したのが、辞めるという答え。それが一昨年の秋のことです。

1年半かけてブランドを終える準備をしてきて、気持ちの整理をするには十分な時間だったと思うんですが、いざ目の前に迫るといろいろと感じ方も変わってきますね」

 

この終わりは、新しいものに出会う旅の始まり

年齢を重ね価値観が変わったとしても、目の前にはn100を大好きだというお客さんがいる。決断するのは苦しくなかったですか?

大井さん:
「はじめはもったいないと思いましたよ。これだけ多くの方に着てもらって、なくちゃ生きていけないとまで言っていただけて、そんな幸せなことってないですよね。

実は、辞めることを20代からずっとお世話になっていたセレクトショップの社長に伝えたら、絶交されたんです。その後和解はできたんですが、何十年と客商売をしてきた先輩に『そんな勝手なことをするやつとは会いたくない』と言われて、改めて許されないことなんだと思いました」

大井さん:
「でもいまはお客さんに、これは新しい洋服、新しい心地よさに出会う旅だと思ってほしい、と伝えています。

わたし自身が40歳のときに『マーガレット・ハウエル』を退社したんですが、そのとき何が楽しかったかって、洋服を買うのが楽しかったんです。新しい洋服に出会うのが楽しくて仕方なくて。だからお客さんにも『楽しんでくださいね』ってできる限り直接伝えています。

辞めることを決めてから1年半、いろんな気持ちになったけれど、一度も後悔はしてません。それに、1年半後のいま、これからのことがこんなに楽しみならすごくいい結論だったんだろうなと思っています」

 

終わりが楽しみって、どういうこと……?

終わりが着々と近づいているいま、これからが楽しみだと話す大井さん。終わる直前が一番寂しいわたしにとって、その言葉は大きな衝撃でした。

大井さんにとって終わりにはどんな意味があるんだろう? また、これから先何を始めるんだろう? 続く後編で伺っていきます。

(つづく)

【写真】神ノ川 智早


もくじ

大井 幸衣(おおい ゆきえ)

1957年静岡県生まれ。1980年よりカルバン・クラインやマーガレット・ハウエルなどのブランドでデザインや商品企画に携わる。その後フリーランスを経験し、2007年にニットブランド「n」を立ち上げ。2008年「n100」をトータルアパレルブランドとして再スタート。2018年4月30日をもって解散。


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