【金曜エッセイ】喫茶店が大好きだ(文筆家・大平一枝)
第十八話:心の隙と喫茶店
喫茶店が大好きだ。ほぼ毎日行く。
スポーツ新聞や週刊誌が置いてある昔ながらの喫茶店が理想だが、都内では少ないので、安いコーヒーチェーンもよく利用する。
なにかで、「喫茶とは、心の隙をつくる場所」というフレーズを読んで、なるほどと膝を打った。
これまで、隙という言葉はネガティブにとらえていたが、前向きな響きがある。むしろ、大事な生活のエッセンスだと気付かされる。
私はしばしば、取材や打ち合わせの合間に喫茶店に入る。ひとしきりいろんなメールの返信をしたあとは、ぼーっとする。道を行き交う人を見るのが好きなので、窓があるとありがたい。そのわずかなひとときが、気持ちの切り替えになる。
だが最近は、しばらくするとスマホが気になりだし、始終とりだしてしまう。一日の隙間、心の隙間を作るために喫茶店に入ったのに、「ぼーっ」が以前より減って、あとから惜しい気持ちになったりする。
茶道の精神を解説した『いっぷく拝見』(千坂秀学著)*という本に、千利休は釜の湯のたぎるすがたをとても大事にしたと書かれていた。湯のたぎる状態を5段階に分け、松に吹く風のような音がする最後のすがたを「松風」と名付けたという。『閑坐聴松風(かんざしてしょうふうをきく)』という禅語にも、松風が登場する。これは、一切のこだわりや執着、俗世を忘れ、松風とひとつになる。さわがしいからこそ閑坐(静かに心の安らいだ状態)して、松風を聴きながら一服の茶を喫するひとときを大事に、という意味だ。
湯の沸く音のわずかな違いを、松が揺れる音にたとえるとは、なんと優美で繊細で美しい感覚だろう。
ただコーヒーを飲むためだけの場所で、もっと「ぼーっ」に浸りながら、せめて松風を探すような気持ちだけはもっていたい。
新しいものが入る心の隙間をつくるために。
*『いっぷく拝見 禅のことば・茶のこころ』千坂秀学著、淡交社、1990年(編集部注)
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。『天然生活』『dancyu』等に執筆。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)など。朝日新聞デジタル&Wで『東京の台所』連載中。プライベートでは長男(22歳)と長女(18歳)の母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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