【金曜エッセイ】ないけれど、ある。(文筆家・大平一枝)

文筆家 大平一枝


第二十五話:ないけれど、ある


 

 先日、仕事先で、こんな質問を受けた。
「自然のゆたかな長野で生まれ育ったそうですが、東京の暮らしとのギャップについて、どう折り合いをつけて暮らしていますか」

 自分の中の折り合いというものについて、あらためて考えたことがなかったので、しばらく考え込んだ。
 美しい山並み。澄んだ空気。少し車で走ればたどり着ける森や林。長野にあって東京にないものを数えたらキリがない。
 だが、あるものを数えたほうが、けっこうハッピーなんじゃないかと最近、思い始めている。だからこう答えた。
「空を見て、折り合いをつけています」

 私は、劇場とライブハウスと古着屋が林立する東京・下北沢に18年住んでいる。途中1度だけ、広い家に憧れ、郊外に住んだが、家族の強い希望で1年1ヶ月で舞い戻った。
 小さな路地が幾筋もあり、夜遅くまで人通りが絶えない。そんな街と、緑がゆたかな長野と、環境は雲泥の差だが、ある場所の空を見ると「変わらないなあ」とほっとするのである。
 
 それは、近所の神社にある。神社の上には電線がない。樹齢を重ねた杉に区切られたスペースは小さいが、遮るものがなにもないところが、故郷の空と一緒だ。ああ、同じだなあ、この空は長野につながっているのだなあと思うとほっと安堵する。すう〜っと深呼吸もしたくなる。

 マンションの屋上も同じだ。
 しし座流星群を見ようと、娘と屋上のベンチに横になって見上げたとき、星以外なにもなく、ここは長野と一緒だと思った。
 
 見ようと思えば長野と同じ空を東京でも見ることができるし、思わなければずっと見えない。ないけどあって、あるけどない。
 つまりは、気持ちの持ち方次第。ここではないどこかを探すのではなく、今あるものを、大事に数え直すのも悪くない。

 
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文筆家 大平一枝

長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。『天然生活』『dancyu』『幻冬舎PLUS』等に執筆。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)、『男と女の台所』(平凡社)など。朝日新聞デジタル&Wで『東京の台所』連載中。プライベートでは長男(22歳)と長女(18歳)の母。

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