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【スタッフコラム】世の中に100万はある、ふつうの犬と子どもの話
編集スタッフ 齋藤
私が高校2年生の時まで、祖父の家にはももちゃんがいました。
「ももちゃん」とは、犬のことです。
風に吹かれたら揺れそうなほど薄く大きな耳をして、その耳が桃色をしていたことから、叔母に「もも」と名付けられました。
「ウエストハイランドホワイトテリア」という種類の白い小型犬で、そのご大層な名前とは裏腹に乳製品に卵もダメというアトピー持ちの虚弱体質。それだってのに人一倍食いしん坊なものだから、よくキッチンや散歩の最中に拾い食いをしてはアトピーで苦しむという、悲しくも間抜けで弱々しくて、そしてそこがなんとも愛おしい子でありました。
私がももちゃんに出会ったのは、おそらく小学校3年生のとき。久々に祖父のところに遊びに行くと、雰囲気がいつもと違うことにすぐさま気がつきました。そしてそわそわした気持ちを抱えリビングに入ると、小さな彼女の姿があったのです。まだ慣らし期間で犬用のゲージに入れられたその子は、自分がどこにいるのかわからないような不安な顔をして、涙がこぼれ落ちそうなほど目を潤ませていました。
自分の家のことではなかったけれど、「犬を飼う」とはなんてステキなことなんだろう。想像すらしたこともなかったから、何も考えられなくなるほど全身がドキドキしました。
すぐにももちゃんに夢中になってしまった私は「なんとしても一緒に寝る!」と言い張り、両親にゲージの横に布団を敷いてもらって眠ることに。フローリングの上に薄い布団を敷いて眠るのは、痛かったし寒かった。足の先はキンキンに凍りつきました。でもそんなことどうでも良いと思ってしまうほど、ずっと一緒にいたかったんです。
きっかけはこうしたただの私のわがままだったのですが、どうやら私のこの行動は心細かった彼女の心に寄り添えたようで。次の日からおどおどしていたももちゃんが私にくっついて歩いてくれるようになりました。
それからというもの、両親や親戚のみんなが「もも」と私の名前を取り違えるほど、私とももちゃんは大の仲良しに。私に向かって「もも、先にお風呂入りなさい」と言ってしまった後、間違えたにも関わらず大人たちは当然という表情。それくらい、1人と1匹で1セットの扱いは、全員が了解した日常でした。
これは、今からもう20年以上も前の話です。けれど最近になって、急にこの話を思い出してしまいました。
一言で言ってしまえば、誰もがどこかで聞いたことがあるような、犬と子どものよくある友情物語です。けれど私は、今どうしようもないほどこの物語を尊びたい。
私は小さな頃から、何かを作ることが好きな子どもでした。絵本を作ったり粘土でミニチュアを作ったり、木で棚を作ったり洋服を作ったり、アクセサリーを作ったり絵を描いたり。そして何かを作る人間が必ずといっていいほどむかえる悩みにも、不器用すぎるくらい真正面からぶつかってきたと思います。
もう世の中にある何かにはなってはいけない。
オリジナルでなければならない。
個性的であれ。
人と違うことが、何よりも大切。
面と向かってそう言われたことがあるわけではないけれど、ものを作って生活している先輩方はみんなそのことに価値を感じているようでした。
それからというもの、私はどこかでもやもやしつつも、人と違う自分でなければならないという想いに取り憑かれていたように思います。
みんなが知っているものを好きというと「ミーハー」と言われてしまうから、あまり知られていない音楽や本を好きと言おう。
思っていることをそのまま話すと「普通の話だね」と言われてしまうから、誰も体験したことのないことを体験しなくては。「個性的」と思ってもらうためにした行動。それらは数えたらキリがなく、そしてその多くが自分にとっての嘘でした。
「人と違う」ということが必ずしも「個性」なのか。本当の「個性」って、そんなところから生まれるのだろうか。心の底ではこの真っ正直な疑問を抱えたまま、嘘を付き続けました。
けれど最近、その強迫観念のようなものが、どこに行ったのかすっきり吹き飛んでしまったのです。理由はわかりません。でも、どうでもよくなってしまった。年齢を重ねて、自分自身を良い意味で諦められるようになってきたのかもしれません。
そしてその諦めの過程の中で、ふと頭に浮かんできたのが、ももちゃんと過ごした日々でした。
なぜかといえば、なんの作為もなくドジでとぼけていて最高に愛らしかった彼女の存在こそ、何よりも個性的であったし、彼女と過ごす日々で味わった想いこそ、私にとってオリジナルであると、嘘偽りなく思えたからです。
さびしがりやの彼女は、眠っている時ですら絶対に私から体を離さない子でした。私の足やお腹にビタッと体を沿わせて眠るのです。少しでも動いたら起こしてしまうからと、おかげで何度寝返りを打てずに苦労して眠ったことか。
人間だったら「幼稚」と言われてしまうようなこの甘ったれぶりをかわいらしいと思う反面、それに伴う疎ましさが芽生えたこと。出会ったばかりの瞬間はあんなにも好かれたいと思っていたのに、好かれたら今度は自分の気持ちが乗った時にだけ好かれたいと思う身勝手な衝動に駆られ、階段を登ることができない彼女に意地悪をして祖父の家の2階で過ごしたこと。それでもももちゃんは私を追いかけて何時間もかけてがんばって数段登り、上を見上げてひたすら私を待っていたこと。結局そのいじらしさに根負けをした私は、彼女を抱きしめに行くのでした。
彼女が血液の病気で逝ってしまった後、祖父の家には同じ種類の同じ色をした犬がやってきて、その犬も「もも」と名付けられました。けれども私は、彼女とは仲良くなれる気がしなかった。それがどうしてなのかはわかりません。でも、似ているけれど「ももちゃん」ではなかった、ということなのだろうと思います。
私にとってのももちゃんは、小学校3年生の時に出会った、あの子だけでした。
長くなりましたが、それでもあまりに彼女との思い出は豊かすぎて、まだまだ言い尽くせません。
これは、どこにでもあるような、犬と子どもの話です。
けれどたとえ誰かに「そんなのありきたりだ」と言われようと、私にとってはどれだけ長く語ろうと、何度語ろうと言い尽くすことができない何かがある話です。
誰かと比べた時にどれだけ違うポイントがあるのかではなく、この、どれだけ言葉を尽くそうと決して言い尽くすことのできない何かこそ、本当の「オリジナル」なものであり「個性」なのではないかと、今の私は思いたい。
そしてこの言い尽くせないものを大切に生きていける大人でありたいというのが、私のこれからの目標です。
というとても個人的な目標を、言いたかっただけのコラムでした。
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