【40歳の、前とあと】第1話:「知らない」をさらけ出す。初めての仕事は体当たりで
ライター 一田憲子
自分が何者なのか、どんな仕事がしたいのか、何が心地いいのか……。正解がわからずに、とにかくがむしゃらに走り続ける20〜30代。
そして、ふと足を止めるのが40歳という年齢なのかもしれません。私って、今まで何をしてきたのだろう? 何のために働いているのだろう? そうやって、やっと自分を俯瞰で眺められるようになった時、次の一歩をどうやって出したらいいか、突然迷子になってしまったような気分を味わいます。
連載『40歳の、前とあと』では、今キラキラと輝いて活躍している女性に、その境目となる「40歳」という年齢をどう迎えたか、40歳以前と、40歳以降に、何がどう変わったのか、お話を伺ってみることにしました。
第7回でお話を伺ったのは、表参道の「Le pivot(ル・ピボット)」を主宰する小林一美さんです。
独立したのは45歳のとき。20代からの道のりはいつも遠回り
数年前から、ふと気がつくと、私の周りのおしゃれさんたちから、「これ『Le pivot』のカットソーなの」「『Le pivot』のシルクのワンピース、一度袖を通したら手放せないのよ」という声を聞くようになりました。このブランドを立ち上げ、デザイナーでありながら経営者でもある、というのが小林一美さんです。
クルンとした大きな目で小柄。その愛らしいルックスに、さぞかしお若いんだろうと思っていたら、失礼ながら私とあまり変わらない年齢で驚きました。
25歳で地元北海道から上京。アパレル会社でデザイナーとして働き、独立したのは45歳のとき。20年以上ずっとアパレルの世界で走り続けてきた方です。でも、実はこの業界に入るまで、ファッションを勉強したことはほとんどない、と聞いて再びびっくり!
小林さん:
「母の影響で、子供の頃から洋服が大好きだったものの、それを職業にするなんて全く考えていませんでした。地元でOLを少しやったけれど、合わなくてすぐにやめてしまって……。それで地元のジーンズショップでアルバイトを始めたんです」
何も知らなかった少女が、どうやってデザイナーになり、自分のブランドまで立ち上げることができたのか、まずは、そんな小林さんの歩みをじっくり伺ってみることにしました。
「こんなものがあったらいいのに」。キャリアがなくても言いたいことを言う!
小林さん:
「アルバイトでたまたま入っただけだったのに、なぜか仕入れを任されて、いつのまにかレディースの仕入れを全て手がけるようになりました。週3日ぐらいのアルバイトから、フルタイムになって、社員になって……。
何もわからないけれど、ただ洋服が好きだったので、次のシーズンはこういうものがあったらいいな、と趣味の延長のように勝手に考えて取引先の会社の人におしゃべりしてましたね(笑)。ちょうど25歳ぐらいのことです」
私の20代といえば、ただ何も考えずにOLとして働き、目の前の仕事の意味もよく理解できず、ただ会社が終われば、みんなで踊りに行ったり、飲みに行くのが楽しかっただけ……。そんな同じ時代に、すでに自分事としてとらえていらっしゃった様子に驚きました。それにしても、ジーンズショップで働いている間、面白さの根っこには、一体何があったのでしょうか?
小林さん:
「売れるということは、たくさんの人が笑顔になることだってわかってきたんです。『これが似合うかも』とか『これとこれを組み合わせたらかわいい』とか……。そうやって買ってくださるお客様の姿を見ると、ああ良かったなあと思いましたね。やっぱり人に喜んでもらうことが、何より嬉しかったんだと思います」
さらに、仕入れに関しては、こんなことを教えてくれました。
小林さん:
「お店には、これは、売れないけれど必要っていうものもあるんです。これはあんまり売れないかもしれない、というちょっと高いものや、個性的なものを置いておくと、その隣にあるベーシックなものが売れて行ったりするんですよ。そんな法則を見つけるのも面白かったなあ」
そのうちに、今度はお付き合いしているメーカーさんに別注で洋服を作ってもらうようになりました。
小林さん:
「『こんな服があったら嬉しいのに、どうして作らないんですか?』なんて、何も知らないからこそ、メーカーの担当者さんに言いたいことを言っていましたね。そのうち、生地や生産背景で作れるものと作れないものがあると教えてもらいました。そうやって、学びながら、途中から『こんな形があったらいいのに』というものを、別注で作ってもらえるようになってきたんです」。
こんな風に自分の意見をしっかり言う人は、きっとメーカーさんにとって珍しく、印象的だったに違いありません。数年後に、お付き合いがあった会社から『うちで働きませんか?』と声をかけられ、上京して本格的にアパレル業界で働くことになりました。
知らなかったら教えて貰えばいい。わからなかったら聞けばいい!
ところがそこからが大変!
小林さん:
「メンズの服を作る会社で、レディースを立ち上げることになり、そこに私が呼ばれたんですが、一緒に担当するはずだった女の子が辞めてしまったんです。それで、洋服を作ることなんて、何にもわからない私が、全部やることになって! まずは、レディースの服を作ってくれる工場探しから始めました。
同時に、何の専門知識もなかったので、夜間の専門学校に通ってパターンを学びました。そうしたら、とある企画会社の社長さんが『パターンなんて今から覚えても、ずっとやってきた人には負けちゃうから、仕組みだけを覚えたら、きちんとパタンナーさんを雇った方がいいよ』と、パタンナーさんを紹介してくれたんです。その社長さんと、パタンナーさんがいなかったら、今の私はない、というぐらいお世話になりました。お二人とも25年経った今もお付き合いがあるんですよ」
それにしても、全く何も知らない、という状態で一体どうやって仕事を始めたのでしょう?
小林さん:
「現場に行ったほうがいいよ、と言われて工場に足を運びました。でもね、工場のスタッフと話しても、さっぱり意味がわからない(笑)。『仕様書ってどうやって書くんですか?』っていうレベルです。
見かねた方が『あなた大丈夫? ちょっと来なさい』と言って、他のメーカーさんの仕様書を見せてくださったんです。『完璧な仕様書なんてないけれど、ここの会社のこの部分はわかりやすい。こっちの会社はここがいい』って教えてくださって。それをミックスして自分なりの仕様書を作ることから始めました」
「まったくわらかない自分」をさらけ出すことに抵抗はなかったのですか?と聞いてみました。
小林さん:
「それはまったくなかったです。わからないことは『わからない』って言ったほうが5年後に恥をかかないな、って考える方なので。恥ずかしいことは先に済ませておくんです(笑)」
プライドが傷つく、ということもなかったんですか?とさらに聞くと……。
小林さん:
「プライドは最初からないから。ベースが何もないところから始まっているので、プライドなんて持っても仕方がない……。ただやる気だけはあるという感じでした。工場に行っても打ち合わせはすぐに終わるから暇なんです。それで、わからないことを聞きながら、他のメーカーさんの出荷を手伝っていました(笑)。
もう、本当に現場で全て聞いて覚えたんです。学校も途中から行かなくなっちゃったんですよ。現場で実際に縫っている人の話の方がずっと勉強になるなと感じて。もう『知らないです』っていう言葉を何十回言ったかわからないぐらい。最初の1年で、普通の人の3年分は学んだと思います。
『わからない』は最初の1〜2年だけにしなくちゃ、と思っていましたね。それで、覚えたことで少し話ができるようになってくると『あら、そんなことがわかるようになったの!』ってみんなが言ってくれて……」
「できない」を「できる」にひっくり返すプロセスを楽しんで
なんとなんと!
小林さんの体当たりっぷりには驚くばかり。
同時にその素直さ、純粋さに、「私に足らなかったのはこれだったんだ」と思い知らされました。
自信がなくて怖がりのくせに、妙にプライドだけ高い私は、なかなか「わかりません」「知りません」という言葉を口に出すことができませんでした。どちらかと言えば、できれば「知らないこと」を隠しておきたい。あとでこっそり調べておこう、と思うタイプ。でも……。手も足も出ない状況の中に身を置き「できません!」と完全降参することは、「学ぶこと」の最初の一歩なのだと教えていただきました。
同時にそれは、ゼロを1にし2にしていくという覚悟を表すことでもあります。「できない」から「知りたい」と切実に思う。「知る」ことで「できない」を「できる」にひっくり返す。そのステップをコツコツ重ねるということ……。
小林さんの「知らない」「できない」の裏には、「必ずわかるようになる」という強い意思がありました。しかもそのプロセスをワクワクと楽しみながら。
次回は、いよいよ「わからない」を抜け出して、一歩を踏み出した小林さんについて伺います。
(つづく)
【写真】鍵岡龍門
もくじ
小林一美
「Le pivot(ル・ピボット)」デザイナー。20代よりファッションの世界に入り、2012年に表参道の裏通りに、自身のブランド「ル・ピボット」のオフィス兼ショップを構える。
ライター 一田憲子
編集者、ライター フリーライターとして女性誌や単行本の執筆などで活躍。「暮らしのおへそ」「大人になったら着たい服」(共に主婦と生活社)では企画から編集、執筆までを手がける。全国を飛び回り取材を行っている。ウェブサイト「外の音、内の香」http://ichidanoriko.com/
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