【店長の今日のエッセイ】「友達になって」なんて言えない。

店長 佐藤

「友達になって」なんて言えない。

 

「わたし、友達が少ないんですよ」

一体いつからなのか。そんなふうに自分のことを紹介するのが癖になっていた。

親友と呼べる人がいないわけではない。

しっかり片手の指におさまる人数だけれど、これまでの人生の文脈を共有できる大切な人がいる。

それに大人になってから新しい友達をつくるって、わたしにはなんだかとても難しい。

出会ったばかりの相手と友達になれる人はすべからく心が広くて器の大きな人に見えたし、「いやいや、だけどそんなことってある?」とどこか疑わしい気持ちで見たことがなかったと言えば嘘になる。

だからわたしはこれでいいんだ、とずっと思ってきた。

それくらいに、斜に構えずにはいられないくらいに、自分にとって「友達」という言葉の定義は重く大切にしたいものだったと気付かされたのは、43歳の誕生日を迎えて10日くらい経った、つい先日のことだった。

その人(ちょうど10歳年下の女性)は、わたしの向かいでビールを美味しそうに飲みながらこう言った。

「インタビュイーから飲みましょうって誘われたことってないんですよ」

「インタビュアーというのは、その人から話を聞かせてもらって記事を書く仕事だから、取材時間に根掘り葉掘り引き出させてもらうだけでもありがたいと思うのに、プライベートな時間までご一緒しましょうなんて、とってもこちらからは言えない」

彼女は丁寧な口調でそう言った。

わたしはそれより少し前に、とあるインタビュー記事で彼女の取材を受けたのだった。だから彼女がインタビュアーで、わたしがインタビュイー。

わたしにとっては印象的な取材で、彼女と話したその2時間にものすごく内省がはかどり、そして取材を受けているのも忘れそうになるくらい会話することがただただ楽しかった。

「今度、ぜひ飲みに行きましょうよ」は、取材が終わっての帰り際にわたしのほうから口をついて出た言葉だった。

純粋に、また喋りたかったのだ。彼女は「ぜひぜひ!」と言った。

決して社交辞令で終わってしまわないように、あれよあれよと言う間に日程を決め、この日がやってくることになる。

私たちは天婦羅を食べ、ビールや白ワインを飲みながら、いろんな話をした。

子供のこと、お互いの母親のこと、夫婦のこと、コミュニケーションのこと、編集のこと、会社のこと、モテとは何かまで。

そして、お互いに友達が少ないことについても。

気づけば6時間が経っていた。

会話の途中で

「佐藤さん、よかったら友達になってください」

彼女はメガネの奥にある瞳をクリクリさせて、そう言った。

「友達になってください」

そんな直球な言葉があるだろうか。というか、このセリフわたしも誰かに言ったことないし、言われて友達になったことってないかも。

大人は直球であっていい。わたしは、この日、とても大事なことを学んだ。

好きなら好きと言う。気になるなら気になっていますと言う。友達になってほしいならば、友達になってと言う。変化球は要らない。

大事な局面ですぐにおちゃらけてしまう性格が前に出たのと、酔っ払っていたのもあって

「いいよ!友達になってあげても!」と、わたしは「何だ、その上から目線は」という感じで豪快に答えた。

いや、友達になってくださいはこっちのほうだよ、と心のなかでつぶやきながら。

その夜「じゃ、また。おやすみなさい」と私たちはあっさり別れた。

「ともだち」という言葉が久々で新鮮すぎて、わたしは帰ってからベッドの上でゴロゴロしつつ「本当に私たちは友達になったんだろうか」と考えた。久しぶりにちょっぴり怖い約束をしてしまった。正直、そうも思った。

それくらい自分にとって「ともだち」という言葉がもつ定義を大事にしていたんだということに気付かされることになる。

友達になったなら、定期的に会う約束をしたほうがいいのか。ときおり、電話で話したほうがいいのか。

久しぶりの恋愛で、恋愛の仕方ってどうだったっけ?付き合うってどうするんだっけ?と思い出そうとするような、そんな感じである。

考えてみた結果、43歳のわたしが「いま」思う友達の定義はこんなふう。

【困っていたら、なにを置いても力になろうとする相手】

なにを今更、当たり前じゃないの!と突っ込まれそうだが……

時をほぼ同じくして、彼女も「友達」についてコラムを書いていた。

そこには彼女が考えたなりの定義が書かれていた。

“目的もなく一緒にいられる人”と。そんなふうに。

友達になろうと話して、じゃあねと別れたあとに、いやいやちょっと待てよ、友達ってそもそもなんだっけ?と定義し直そうとするあたり。お互いよく似ている。

あぁ、友達になれたんだな、と思った。

これから時々、目的なく「ご飯食べよ」「飲もう」と会って、また何時間も家族や仕事のことを話すのかもしれない。

そして、お互い窮地に立たされたときは、きっとなにがしかの形で力になろうとするだろう。

こんなことを書き進めていたら、このふたつの定義でいくと、わたしはこれまで出会ったたくさんの人たちと本当は「友達」だったのかもしれないと思う。

友達と呼ぶことだけが、その約束をすることだけが、怖かったのかもしれないと。

まったくお恥ずかしいハナシだし、情けないけれど。

わたしは今、友達がほしいと心から思っている。

 

▼今年はInstagramの投稿と連動して時おりこんなエッセイ(日記も)を書いてみようかなと思ってます。Instagramの「#佐藤の気まぐれ日記」でも読めます。

 

 


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