【おおらかな読書】後編:山﨑ナオコーラさんの毎日に、ちいさな変化を与えた5冊
「もっと本を読みたいな」「読書量を増やさなくちゃ」そんなふうに思いながらも、目先のあれこれに追われて読めない日が続いています。
そこで作家の山崎ナオコーラさんに、生活の中で楽しむ読書についてお話をうかがってみることに。
どうやら読書は、わたしたちが思っているよりも、ずっと気軽で自由なもののようです。前編の、「目に映る景色も読書になる」という自由な読書考に続いて、後編では人生の折々で印象に残っている、思い出深い本をお持ちいただきました。
なんにもないと思っていた自分に「得意」のかけらを見つけてくれた本
最初に挙げてくださったのは、『勝つための古典文法50』(椎名守著/三省堂)。意外にも、こちらは参考書です。
山崎さん:
「高校時代に使っていた本です。
古文って助動詞がいろいろありますよね。『たり』とか『けり』とか。それまでは古文は難しいし、特におもしろいと感じたこともなかったのに、高2だったかな、この本で一気に目覚めました。改めて読んでみると、著者の先生のキャラクターも出ていて、本としてのおもしろさがあったのだと思います。
数学も化学も苦手で、勉強が得意とは言えないわたしでしたが、古文が楽しくなったことで国語で点が取れるようになり、それを頼りに大学の進路を決めたんです。
古文は難しく面倒な学問だと思われがちですが、コツをつかめばわかるようになるので、一冊なにか文法の本を読んでみるのがおすすめです」
その後、山崎さんが大学の卒業論文に選んだテーマは『源氏物語』。さらに現代の視点で読み解く『ミライの源氏物語』(淡交社)も刊行し、この一冊はその後の歩みの原点ともいえそうです。
山崎さん:
「この本のおかげで、勉強のためだけではない古文の楽しみを知り、読める本の世界が広がりました。古文を苦手だと感じていたわたしが、いまは源氏物語をテーマにエッセイを書いたり話したりというお仕事をしています。そう思うと、人生を変えた本かもしれません」
作家の交友関係ににじむ、軽やかな人づきあい
高校時代に夢中になった本から、もう一冊。それが『回想の澁澤龍彦』(河出書房新社)です。小説家でありフランス文学者でもあった澁澤龍彦の没後、周囲の友人たちが彼について話す対談や鼎談をまとめたものです。
山崎さん:
「澁澤龍彦は、『スピッツ』のボーカル・草野マサムネさんが雑誌で紹介しているのを見て読むようになったんです。
当時、高校生だったわたしにとっての友だちは、やさしいとか話が合うとか、なにか理由があって親しくなるイメージ。やさしくしないとやさしくしてもらえない、そんな緊張感や同調圧力もどこかにあったのだと思います。
この本で友人たちが語る澁澤は、とにかくダメ人間。フランス文学に携わっているのに、フランス旅行であいつは一言もフランス語を話さなかったとか、お金を『きれいだなあ』と眺めるばかりで金銭感覚はまったくなかったとか、生活まわりのことがまったくできず掃除機を壊したとか……思わず笑ってしまうエピソードばかりなんです。
それでも彼らは、ただ『おもしろいから』というノリで仲良くできていて、ダメなところも許している。男友だち同士の軽いノリというのでしょうか。人間として欠点がいっぱいなのに、こんなふうに人間関係を紡げて愛されるのはうらやましくもありました。
こんな人でも文学者になれるんだなあという驚きもありましたね(笑)」
暗唱するほど夢中になった、ことばの美しさ
山崎さん:
「金子光晴の詩は、大学の授業に出てきたのが最初の出会いです。配られたプリントを部屋に貼って暗唱していたくらい、その言語センスにはまりました。
でも彼もちょっとダメ人間で……。見かねた妻に浮気をされたり、その相手と別れさせるために妻をパリに連れて行こうとしたり。その旅の道中を回顧する『どくろ杯』も大好きな作品です。エッセイも一つひとつが詩のようにうっとりする文章なんです」
ところで詩は、小説やエッセイに比べて手に取る機会が少ない人も多そうですが、山崎さんはどんなふうに楽しんでいるのか尋ねてみました。
山崎さん:
「詩は、それこそ忙しくても短い時間に、好きなものだけパッと読めるのがいいですよね。わたしは暗唱するのが好きで、気に入った詩を部屋に貼ったり、声に出したり。あまり難しく考えず、まずは気軽に読んでみてほしいです」
少女漫画みたいにぶっ飛んだ話に夢中になった古典文学
そしてもう一冊は、古典文学の名作『嵐が丘』。
山崎さん:
「これはもう、没入のおもしろさに尽きるというか……一気読みでした。
『嵐が丘』をベースに、舞台を日本に置き換えた水村美苗さんの『本格小説』という作品があるんです。これがほんとうにおもしろくて、原作を手に取ったのがきっかけです。
水村さんの日本版では時事や歴史、人物関係が細やかに書かれているのに対し、『嵐が丘』のほうは、昔の少女漫画のにあるようなぶっ飛んだ構成がたくさん。たとえるなら貧乏だった人が突然、理由もわからぬままお金持ちになって現れる……というような(笑)。それがまたおもしろいんですよね。
その後、よくよく調べていくと、作者のエミリ・ブロンテは引きこもりで身内以外とは付き合いがなかったと知りました。それが作風に現れていたのかもしれないし、そういうのを想像するのも楽しいです」
レシピ本で知る、実感をもって紡ぐ言葉の奥深さ
最後に挙げてくださったのは、『小林カツ代のお料理入門』。こちらも読書というにはちょっと意外に思える、いわゆるレシピ本です。
山崎さん:
「結婚したばかりのころ、料理をがんばろうと意気込んで買ったのかな。いまは料理にオシャレさや時短の手軽さを求めることも増えましたが、小林カツ代さんのレシピは、いわゆる昔ながらの『ふつう』の家庭料理が多いんですよね。
この本はもともと読み物っぽく書かれたレシピ本ですが、レシピ自体も読書のように楽しめると気がつきました。
『ヒラヒラカレー』は、薄切りの肉を『ヒラ〜リ、ヒラ〜リ、と入れていく』とあるし、お酒を『ドブっと入れる』とか、玉ねぎを『チャッチャッと切る』とか、おもしろい表現がたくさん。実際に切ったり焼いたりしている人の、料理をするからこその実感がこもった言葉です」
山崎さん:
「小林さんの別のレシピ本にも、チキンの照り焼きを『ピカっとするまで煮からめる』とありました。要するに砂糖と醤油を煮詰めていく工程で、『何分ぐらい』とか『煮汁にとろみがつくまで』とは書かないんですね。けれど実際にやってみると、ほんとうにピカっとするタイミングがわかったんです。
レシピというと実用的な言葉で書くものだと思い込んでいましたが、こんなふうに伝えられる表現があるのだと気づきました」
すぐ役に立たなくても、見えないところで支えてくれる
山崎さん:
「大人になると、仕事に直結して役立つ本、生活をいますぐ楽にしてくれるような本を優先して読みがちになりますよね。
でも子どもが読んでいるものには、『ただの物語』がたくさんあります。いますぐに役立つとか、なにか成長や気づきを直接与えてくれる本ではないけれど、子どもをこころから応援してくれている。きっと、見えないところでつまづきを支える力になっているのだと思います。そんな読書が大人にもあればいいですよね」
山崎さんのお話を聞いていると、「ちゃんと読書ができていないなあ」と感じていた「ちゃんと」なんて、どこにもないのだと思えてきます。
これからは「読まなくちゃ」ではなく、読んでも読まなくても、気持ちが揺れ動く方へ。おおらかな気持ちで読書を楽しんでいけそうです。
【写真】土田 凌

山崎ナオコーラ
作家。1978年生まれ。性別非公開。國學院大學文学部日本文学科卒業。2004年、会社員をしながら書いた「人のセックスを笑うな」で第41回文藝賞を受賞しデビュー。「源氏物語」を現代解釈で説くエッセイ「ミライの源氏物語」で第33回(2023年度)Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。近著にゆるSF長編小説「あきらめる」。児童文学家協会会員。目標は「誰にでもわかる言葉で誰にも書けない小説を書きたい」。
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