【立ち止まって、考える】第1話:「する」でも「される」でもない、もう一つの世界。「中動態」が教えてくれること 

ライター 嶌陽子

ある時、当店スタッフの松田に教えられ、1冊の本を手にしました。哲学者、國分功一郎(こくぶん こういちろう)さんによる『中動態の世界 意志と責任の考古学』。2017年に刊行されて大きな話題を呼び、今年に文庫化もされた本です。

自分で何かをする「能動態」でも、誰かに何かをされる「受動態」でもない、「中動態」という概念が古代の言語にはあった——。こうした内容を丹念に論じたこの本は、正直言ってとても難しく、読み進めるのに苦労しました。

▲2017年に出版され、今年文庫化された『中動態の世界』(新潮文庫)

けれど読んでいるうちに、日常で当然だと思っていたことを考え直したくなったのも事実。「中動態」という概念は、身のまわりのさまざまな出来事について考えるうえで大事な視点をもたらしてくれるのではと感じたのです。

そこで、著者の國分さんにお話を聞いたのが今回の特集。長時間にわたり、丁寧に話してくださった時間の後は、哲学に対する考え方も変わった気がしました。全3話でお届けします。


子どもの頃から「順序」に敏感でした

現在、東京大学大学院総合文化研究科の教授を務める國分さん。教壇に立つ一方で『中動態の世界』『暇と退屈の倫理学』など数多くの著書を発表し、さまざまなメディアやイベントでも発言を続けています。まずは國分さんの子ども時代について聞きました。

國分さん:
「小学校低学年の頃は、ガキ大将みたいな子にやられて泣いて帰ってくるような子でした。学校にもあまり馴染めなかったですね。

ただ、今とあまり変わっていないのはおしゃべりだったこと(笑)。担任の先生にも『口から生まれた國分君』なんて言われていました。勉強も、全然できなかったわけじゃないけれど“成績がいい優等生” というわけでは全くなくて。関心がないと全くやる気を持てないタイプだったんです」

國分さん:
「中学に入ると周りはみんな塾に行き出したんですが、僕は『学校という勉強を教える場所があるのに、塾に行くなんておかしい』と思って行かなかった。

でも中学最初の試験の時にアルファベットのbとdの区別もついていないことが分かって……。さすがに母親が焦ったみたいで、中1の夏休みから僕も塾に行くことになりました。ただ、そのことに対しておかしいと思う気持ちは変わりませんでしたね。

そこからは徐々に勉強するようになり、知恵もついてきた。中2の時は先生の授業に対して意見を言うような生意気な生徒になってました(笑)。『先生の説明の仕方はよくない。こういう順序で説明しないと分からない』なんて言って」

國分さん:
「今でもよく覚えているのが、先生に『そんなに文句を言うなら國分君が授業をしなさい』って言われて、5分間ほど授業をしたことです。英語の授業だったんですが、きちんと教えられたんですよ。

当時から、どういう順序で物事を説明すると分かりやすいかということにすごく敏感だったと思います。これはちょっと哲学っぽいですね。哲学も、順序立てて考えることがすごく大事なので。

もうひとつ、おかしいと思った時にはおかしいと言わないといけない、とこの頃から思っていて、それはずっと僕の原動力になってきた気がします」


上級生に逆らい、呼び出されたことも

國分さん:
「中学時代は、世の中についての非常に強い疑問を持った時期でした。みんなが当然のように受け入れていたものや、建前みたいなものを全く受け入れられなくて。だから先生や上級生との衝突も多かったです。

学校には不良の上級生たちもいたんですが、彼らがいろいろ指示してくるんですよ。『先輩には挨拶しろ』とか、『鞄を肩掛けにしろ』とか。そこには『鞄を肩掛けにしなくてはいけない』ということと、『世の中には納得できなくても黙って従わなければいけないことがある』という二重の意味があるんですよね。

でも僕は到底納得できないから、そうする理由を聞いたり無視したりすることもあって。それで上級生に呼び出されたこともありました。

その頃の親友は僕と正反対のタイプで、僕が過度に真剣になってる横で『そんなの別にいいじゃん』って、何でも笑って受け流すやつ。2人でいると、ちょうどいいバランスだったのかもしれません。彼とは今でも仲がいいですよ。

世の中に疑問を持つようになる一方で、生涯の友達もできた。中学時代はいろんなことを経験した時期だったと思います」


憧れのミュージシャンと同じ高校に

國分さん:
「中学生の頃に好きだったのは音楽です。小学校高学年の時からトランペットをやっていて、中学校での部活は吹奏楽部でした。

中1の時にポップミュージックに目覚めて、なかでも小室哲哉さんがめちゃくちゃ好きだったんですよ。あまりにも好きだったので、絶対に小室さんと同じ高校に行きたいと思って。それで早稲田実業高校に進学したんです。

高校ではいい先生たちに恵まれました。担任の国語の先生の授業も面白かったし、3年生の終わりには日本史の先生が時間を作ってくれて、1対1でルソーの『社会契約論』を1ヶ月くらいかけて読みました。哲学らしきものに少し関心を持つようになったのはこの時が最初かな。

それでも哲学にものすごく惹かれたというわけではなかったです。現代社会やジャーナリズムにぼんやりと関心を持っていたこともあり、大学は政治学科に入りました」


間違いを指摘してもらえるありがたさを知りました

大学では、政治経済攻究会という勉強会のサークルに入ったという國分さん。このサークルが、とても大切な場になったといいます。

國分さん:
「大学の授業は2年生から全く出なくなったんですが、そのサークルで仲間たちとずっと読書会をしていて、それがものすごく勉強になったんです。

ホッブズやマルクスなどの本を読みながら、政治思想についてたくさん議論をしました。自分の中の偏見や差別観などを周りにどんどん指摘してもらったことが本当にありがたかったです。もっといろんなことを知りたい、間違っていたら言ってほしい。そんな感覚を身につけました。

僕は大学が大好きなんですよ。入学当初は好きな授業を選べることに感動したし、本当に楽しかった。いま自分が教えている学生には『僕はあまりにも大学が好きで、それで大学の先生になったんです』って冗談で言っているくらいです」

大学卒業後は大学院に進学し、フランスに留学。17世紀のヨーロッパの思想には関心を持ち、この時代の哲学者、スピノザの研究をするようになります。

國分さん:
「『中動態の世界』で扱った中動態という概念は、実は学部生時代に出合い、当時から関心を持っていました。とはいえ、どういう形で手をつけていいか、なかなか分からなかった。その間、就職や本の出版など、さまざまなことがありました。

なかでも東日本大震災の起きた2011年と、その後の数年間に対しては強い思いがあります。今でも思い出すと感情があふれてくるほどです。

当時は本当に大変な状況だったし、僕も原発をはじめ、多くのことに対して強い問題意識を持ちました。でもあの頃は、これをきっかけに社会はよくなっていくという前向きな雰囲気があったんです。僕も言論活動をものすごく頑張りました。でも、実際には政治や社会がいい方向に向かわず、そのことにとても落ち込んでしまって……。

このまま日本にいたら自分がダメになってしまうと思い、2015年に1年間イギリスに滞在したんです。そこで、政治とは別の視点から書いたのが『中動態の世界』でした」

そうして2017年に発表され、多くの反響を呼んだ『中動態の世界』。続く第2話では、中動態とは何か、なぜ本を書こうとしたのかについて詳しく教えてもらいます。


【写真】神ノ川智早




もくじ

第1話(6月30日)
「する」でも「される」でもない、もう一つの世界。「中動態」が教えてくれること 

第2話(7月1日)
当たり前のように使っている「意志」という言葉に、もう一度向き合ってみたら

第3話(7月2日)
「責任」は面倒なものじゃない。誰かが誰かに応答すること。

國分 功一郎

1974年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科教授。専門は、哲学・現代思想。2017年、『中動態の世界』で小林秀雄賞を受賞。著書に『暇と退屈の倫理学』、『ドゥルーズの哲学原理』、『近代政治哲学』、『スピノザ──読む人の肖像』、『目的への抵抗』、『手段からの解放』、『〈責任〉の生成──中動態と当事者研究』(熊谷晋一郎と共著)など多数。X:@lethal_notion


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