おもしろそうだと買ったのに、読まずに積み上がった本。いわゆる「積読(つんどく)」です。その響きにわくわくするひと、ちょっぴりうしろめたい気持ちになるひと、どうやらその印象はさまざま。
心理学者の河合隼雄さんと詩人の長田弘さんの対談集『子どもの本の森へ』(岩波書店)の中に、こんなくだりがあります。
「ツンドクというのは、読まないというのとちがうんですね。何かの拍子に読める、そして夢中になるのがツンドクなんですね」(長田弘)
「(本は)ともかく手に入れて、置いておくのがいい」(河合隼雄)
これは子どもの本についてのやりとりですが、どんな本にも当てはまる気がします。なにより積読は悪いことではなさそうです。
今回は、そんな「積読」をめぐるお話。前後編でお届けします。
「積読」のための専用本棚を用意しました
SNSを眺めていると、校正者である牟田都子(むた・さとこ)さんのつぶやきが目に留まりました。
“本は買うまでが九割”
その言葉が気になり、さっそく牟田さんの元へ。本をたくさん読むひとは、積読の量も多いに違いないと思ったのです。
お邪魔すると、廊下の一角にたくさんの本が。積読専用の本棚です。
▲雑貨店で見つけたチェコの軍用木箱を本棚に。並ぶのは新刊、既刊、古本で買ったものやZINEなどバラエティもいろいろ。
牟田さん:
「読むペースが買うペースに追いつかず、どんどん増える本の置き場所にはいつも悩んでいます。
積読は、自分の読みたい本をいつでも並べている本屋さんみたいなものですね」
今日はくたくただから美しい写真の本で癒されたい、反対に今日は背筋を伸ばして歯応えのある本も読めそうだ。あるいは電車移動に合わせて軽めのエッセイにしようか。そんなふうに、そのときの気分に合わせて、読みたい一冊をここから選ぶのだそうです。
読みたい気持ちは、いつやってくるかわからない
さて積読といえば、よく聞くのは「読んでいないのに次の本を買う」ことへの“罪悪感”。牟田さんの場合はどうでしょうか。
牟田さん:
「もちろん、せっかく買ったし、早く読みたいのにまだ読めていないというもどかしさはありますが、後ろめたさがあるとすればスペースの問題だけ。置き場所さえ確保できれば、もっと買いたいくらいです。
気になった本は、できるだけそのタイミングで買うようにしています。買って読めないことよりも、買わなくて読みたい気持ちがどこかに行ってしまうほうが怖いんです」
牟田さん:
「本を買って、すぐに読み始められることもあれば、家のことや仕事に追われている間に、なんとなく後回しになって、翌日手に取ったときには、いまはこの本の気分じゃないな、ということもあります。
あるいは、ちょっと読んでみたけれど思っていたのとは違ったとか、いまの自分には読めなかったということも。そうこうしているうちに、そのまま1ヶ月、下手したら2年、3年と寝かせてしまうこともしょっちゅうです。
でも、手元に置いておけば、またふと読みたい気持ちがやってくるんですよね。だって、一度は読みたいと思って買った本ですから。ところがその気持ちは、いつ、ふたたびやってくるか、そしていつ去っていくか、自分でもまったくわからないんです」
積読は「急に食べたくなったあんこ」みたいなもの
牟田さんいわく、積読は食べたいときに、食べたいものがある状態。
たとえば、ふいにやってくる「あんこが食べたい!」という欲求。“あんこの口”になっているときに、家に羊羹でもあれば「そうそう、これ!」と幸福は最高潮。でも家にストックがなければそれも叶わず、買いに行きたくてもすぐ家を出られないこともあります。やっと買いに行ったときにはすでに、あんこへの気持ちはどこへやら。
牟田さん:
「本も同じです。自分ではコントロールできない。でも、その『読みたい』がやってきたときに、すぐに差し出せる自分でいたいんです」
本は読むもの、読み終えるもの。その思い込みに、ハッとしました。「読む」も「読み終える」も、出会いの扉があってこそ。牟田さんにとって、本を手に入れることは読書の第一歩。冒頭のSNSのつぶやきは、まさにこれです。
牟田さん:
「それから、本は出会ったときに買っておかないと、後で手に入らなくなるかもしれないということも身に染みています。職業柄、いろいろな本を取り寄せますが、単行本を探しても文庫しか残っていない、古本屋にあっても高騰していて手に入りづらいなんていうことは意外とよくあります」
本には「読める」タイミングがある
そんな牟田さんが、長年の積読から「読み切った」に至った本の、きっかけを聞いてみました。
挙げてくれたのは『坊っちゃん』。夏目漱石の代表的な名作です。
牟田さん:
「夏目漱石は、子どもの頃に読んだときはさっぱりわからず、どこがすごいんだろうと思っていました。村上春樹の『海辺のカフカ』(新潮社)の中で、主人公がせっせと漱石を読む姿に影響され、また挑戦したけれどやっぱりダメで。
大人になってから、尊敬する編集者の方の『夏目漱石はすごい、ほんとうに文章がうまい』という絶賛を聞いて、10年ぶりにあらためて読んでみたら、すごくおもしろかったんです」
▲次に読もうと思っているものや、最近買ったものなどいろいろ。『時間旅行者の日記』(藤岡みなみ著/左右社)は、風邪で寝込んでいたときにベッドの中で一気に読み切ったのだそう。
牟田さん:
「國分功一郎さんの『中動態の世界 意志と責任の考古学』(新潮社)※は刊行時に買ったものの、当時のわたしにはまったく歯が立たなくて、ちょっと読んでは挫折して……を繰り返し、すっかりあきらめていました。
昨年、文庫化を機に行われた著者の國分さんと、単行本の版元である医学書院の担当編集者の対談を聞きに行ったら、編集者さんがこの本がいかに面白いかをとにかく楽しそうにお話しされていて。うずうずと読みたい気持ちがやってきて、そうしたら今度はするすると読み切れました。もう、やったー!の気持ちです」
※國分功一郎さんには、この本をテーマに当店の特集「立ち止まって、考える」にもご登場いただきました。
牟田さん:
「この10年の間に、本を読んだり、人の話を聞いたりしながらいろんなことを考えて、すこしは読む筋力がついたのかもしれません。
以前はツルツルの絶壁に思えたのが、年数を経てみると、『お、ここに手をかけられるかも?』と、手がかりが見えるようになった、そんな感じです」
何を、いつ、どう読むか、読まないか。ぜんぶ自由でいい
▲いま読んでいる本は、ハンドル付きのシェーカーボックスにひとまとめ。
牟田さん:
「読書は、自由なかたちでいいと思います。昔は、一冊を読み終えてからでないと次の一冊にいってはいけないと感じていましたが、そんな思いもなくなりました。いまは常に5〜6冊は併読しています。
わたしは本を読むことが半分仕事でもあるので惜しみなく買いますが、本にかけられるお財布事情はそれぞれ違います。そもそも本がすぐ手に入る環境かどうかもありますよね。
どれだけ買うか、どれだけ読むか、誰とも比べなくていいし、自分のペースがいちばんです。たくさん読んで冊数を積み上げていくことによろこびを感じるひともいれば、一年に1冊、2冊のペースでじっくり読みたいひともいるでしょう。
買いたいひとは買って、積みたいひとは積んで、自由に、好きなように本と付き合っていきたいですね」
読書の一歩は、「読みたい」気持ちを逃さずつかまえるところから。そう思うと、積読の山に対するプレッシャーが、「いつでも読める」という安心に変わる気がします。
後編は、スタッフ3名による積読座談会。まだ読んでいない本ばかりなのに、なぜか盛り上がる本の話。積読がもたらす、不思議で豊かなコミュニケーションをお届けします。
【写真】濱津和貴
もくじ
第1話(4月16日)
「読みたい」がやってきたときに、すぐ差し出せる自分でいたい(校正者・牟田都子さん)
第2話(4月17日)
本好きスタッフ3名の積読トーク、「でもまだ読んでないんです!」
牟田都子
1977年、東京都生まれ。図書館員を経て出版社の校閲部に勤務。2018年より個人で書籍・雑誌の校正を行う。著書に『文にあたる』(亜紀書房)、『校正・校閲11の現場 こんなふうに読んでいる』(アノニマ・スタジオ)のほか、編著に『贈り物の本』(亜紀書房)がある。
感想を送る