【立ち止まって、考える】第2話:当たり前のように使っている「意志」という言葉に、もう一度向き合ってみたら

ライター 嶌陽子

身のまわりの出来事を見つめ直すきっかけをくれる「中動態」という概念。今回は、『中動態の世界 意志と責任の考古学』の著者である、哲学者の國分功一郎さんにお話を伺っています。第1話では、國分さんの子ども時代からの道のり、どうして哲学を専門とするようになったかについて教えてもらいました。

第1話から読む

第2話では、いよいよ「中動態」とは何か、なぜこの概念についての本を書くことになったのかについて聞いていきます。


悩んでいる人たちに哲学を届けなければ

その概念に惹かれつつ、ずっと手をつけずにいた中動態。本を書く後押しになったのが、薬物やアルコール依存症の自助グループの人々との出会いです。講演会に来てくれた彼らの話を聞いて、國分さんはとても驚いたといいます。

國分さん:
「僕は大学時代からポストモダン思想、つまり意志や主体、能動性など、近代が当然としてきた概念を批判する哲学に触れてきました。ところが話を聞いてみると、依存症の人たちがずっと悩まされていることって、まさにそうした概念なんですよね。

『君たちは意志が弱いからお酒を飲んでしまうんだ』『もっと能動的になれ』など、近代の概念によって彼らはどうしようもないほどに追い詰められています。彼らは自分の意志で能動的に依存し始めるのではないのに。

僕たちは哲学の学会にこもって『意志とか主体性なんて間違ってる』なんて批判してるけれど、こういう人たちに届かなければ全く意味がないなと思いました。実際に17世紀の哲学は新しい概念を作って、世の中を変えてきています。自分もそういうことをやらなければと思った。その時に頭に浮かんだのが、大学時代から触れていた “中動態” だったんです」


「する」にも「される」にも当てはまらないこと

中学校の英語の授業で習う能動態と受動態。「する/される」の区別は、誰にもなじみがあるはずです。ところが、古代ギリシア語にはそのどちらにも属さない「中動態」と言うカテゴリーがあったといいます。

國分さん:
「たとえば、 “好きになる” という言葉。自分で好きになろうとしてなれるわけではないから、能動態とはいいきれません。かと言って、誰かに好きになるよう強制されるわけでもないから完全に受動態でもない。このように、能動態でも受動態でも説明できないことって、実は身のまわりにたくさんあるんですよ。それを説明してくれるのが中動態です。

中動態は、能動態と受動態の間にあるわけではありません。元々は中動態と能動態があり、「内」か「外」かで対立していたんです。自分自身が動作や気持ちが行われる場所になっている、つまり自分の中でその過程が進むときは中動態。“尊敬する” “思う” “欲する” なんかもそうですね。それに対して “与える” “曲げる” など、自分の外側で動作が完結しているのが能動態でした」


「意志」という概念は、昔はなかった

國分さん:
「“内” か “外” の対立が、いつしか “する” か “される” という能動態と受動態の対立に変わっていった。その際に必ず問われるようになったのが、『(その行為を)自発的にしたのか』、それとも『強制されてしたのか』。つまり、自分の意志があったかどうかということです。けれど、僕らがいま当たり前のように使っている “意志” という概念は、中動態が残っていた古代ギリシアには存在していなかったらしいんですよ。

どうして今、僕たちはこんなに意志という概念を使うのか。それは責任を問うためです。『あなたが自分の意志でやったのだから、あなたの責任でしょう』というように。

でも、今日僕がここで話しているのだって、皆さんが企画を立ててくれて、場所を提供してくれる人がいて、ここに来られる交通手段があって、僕が話したいと思ったから。つまり、ひとつの行為というのは、いろんな原因によって成り立っています。

けれど意志というものは、そうした過去の出来事も、環境も、周りの人もすべて無視して、行為を何にも影響されていないもの、一人の人間から純粋に生まれたものにしてしまうんです」


「意志が弱いから続かない」って、どういうこと?

中動態を知ると、確かに私たちの日々の行動にも、自分の意志で決めているとは言えないこと、いつのまにかそうしているとしか言いようのないことが多いことに気づきます。

同時に、「自分の意思で決めたんでしょう」「あなたの意志を尊重します」といった言葉をどれだけ当たり前のように使っているかということにも。

國分さん:
「意志や責任の概念って、体にしみついてますよね。僕自身、頭のてっぺんから足の先までひたっていたから、それを対象化して説明するのにものすごく苦労しました。『中動態の世界』を書くことは、意志と責任のメカニズムを苦労して自分の体から引き剥がす作業でもあったんです。今読み返すと、同じことを繰り返して述べている部分が多い気もするんですが、それは僕の格闘の記録でもあります」

では、たとえば「毎朝ジョギングをしようとしたけれど、意志が弱くて続かなかった」という場合、実際に何のことを言っているのでしょう?

國分さん:
「これは丁寧に整理して考えたいですね。

まず、実際に人間を動かしているのは、意志ではなく欲望なんですよ。だから “意志が弱くて続かない” というより、ジョギングをしたいという欲望がなくなったんだと思います。

さらに掘り下げてみると、ジョギングをしたいという欲望を生み出したのが “健康でいたい” などの目的のためだったのだとすれば、その場合はジョギングが目的のための手段として使われているということです。ある行為が手段にとどまっている限り、それは容易に放棄してしまえるんですよね。

ジョギングそのものが目的であり、それが自体が楽しければずっと続けられるはずなんです」

國分さん:
「子どもが習い事をやりたいと自分から言い出したのにすぐやめたがるという場合も、意志が弱いのではなく、大人よりもさらに欲望が定まっておらず、移り気だからなのかもしれません。

ただ、哲学的に理詰めで考えていけば意志というものは存在しないけれど、人間は主観的には自分に意志があると感じるようになっています。それ自体は否定すべきことではない。けれど、僕らが相手や自分を責めてしまうのは、欲望を意志と取り違えてしまうからなんです」


自分のことは、自分ひとりで決めない

“意志” というものに疑いを持ってみると、日々のいろいろなことが少し楽になる気がしてきました。とはいえ、「もうあなたが決めちゃっていいよ」「自分の意志でそうしたんでしょ(もう知らない)」など、考えてみると、余裕がなくて結論を急いでいる時や、もうこれ以上考えたくない時に、ある意味便利な「意志」というものを呼び出してしまう気がします。

國分さん:
「意志というのは “切断” の概念なんです。心というのは、本当は過去や周囲など、いろんなものとつながっているのに、『私は自分の意志でこれを決めました』と言うと、そういうものを全て断ち切ってしまうことになる。『あなたの意志で決めてください』は、自分と相手を切断してしまうことにもなりますし。

でも、そうせざるをえない時間のなさ、余裕のなさというのが、今の社会には間違いなくあると思います。

『あなたの意志を尊重する』とか『自分で決めて』っていうのも、一見相手を尊重しているように見えて、実はけっこう冷たいこと。自分が何をしたいかなんて、そんなに簡単には分からないですよね。だから、自分のことは自分一人で決めず、周りの人や仲間と一緒に考えていくことが大事なんだと思います。

こう言いつつ、実は僕自身、物事をひとりで抱え込んでしまうタイプなんです。今もなかなか人に頼れないんですよね」

何の疑いも持っていなかった言葉や考え方にあらためて向き合ってみると、世界が少し違って見えてくる——。哲学の面白さに少し触れたような気がしました。第3話では「責任」や「自由」という言葉についても考えていきます。

 

【写真】神ノ川智早



もくじ

國分 功一郎

1974年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科教授。専門は、哲学・現代思想。2017年、『中動態の世界』で小林秀雄賞を受賞。著書に『暇と退屈の倫理学』、『ドゥルーズの哲学原理』、『近代政治哲学』、『スピノザ──読む人の肖像』、『目的への抵抗』、『手段からの解放』、『〈責任〉の生成──中動態と当事者研究』(熊谷晋一郎と共著)など多数。X:@lethal_notion


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